放っておく
食堂に「後輩の仕事」として用意された夕食が並ぶ頃、遠くから上級生たちの賑やかな声が聞こえ始める。
余計なやり取りに巻き込まれる前に一人で早々に食事を済ませ、一人で食器を配膳室のおばちゃんへ戻した。そのまま一番風呂をもらい、汗を流して寝巻きに着替えると、手早く就寝の準備を整える。
食堂の方からは、戻ってきた先輩たちの楽しげな話声が廊下まで漏れていた。
「立場は上なんだから何もかも好きに使っていい」と隊長たちには言われていたものの、本当に一番風呂を頂いてしまって良かったのだろうか……。そんな小さな不安を胸の隅に抱えながら、私は自室の机で本部に提出する報告書を淡々と仕上げていた。
ふと窓の外へ目をやると、夜のパトロールへと繰り出していく夏純と鴨居先輩の後ろ姿が見えた。
「小早、いる?」
ドアをノックして声をかけてきたのは、片倉先輩――紫陽さんだった。
「はい、どうぞ」
「みんなでお風呂に行こうと思ってるんだけど、二回目になっちゃうけどどう?」
さっき私が一人で先に入ったことを知りつつ、気を使って誘ってくれたのだろう。この隊の中で、紫陽さんだけが私に対して変わらない優しさを向けてくれる。
「あ、報告書を書いているので大丈夫です。皆さんで行ってきてください」
「そっか! わかった」
紫陽さんの足音が浴室の方へと遠ざかっていき、部屋にはつかの間の静寂が訪れた。
明日は月に一度の「班全体の非番日」だ。
今夜は早く寝て、明日の午前中に少し身体を動かしたら、午後からは福岡の街を一人で散策してみようか。
そんなささやかな予定を胸に思い浮かべながら、書き終えた報告書を片付け、布団の中へと潜り込んだ。
どれくらい時間が経っただろうか。半覚醒のうとうとした意識の中、廊下から話し声が聞こえてきた。
「寝てるっぽいね。慣れない環境で疲れたのかな?」
あ、紫陽さんの声だ……
「紫陽ただいまー! あ……王子……? 紫陽は優しいね。あんな奴、ほっとけばいいのに」
続いて聞こえてきたのは、パトロールから戻ってきた鴨居先輩の冷淡な声だった。
胸の奥がキュッと狭まる。
中学時代、自分だけが愛されず、退部したあの頃の苦い記憶と傷が、容赦なく蘇りそうになる。
私は小さく息を吐き、嫌な記憶と声から逃げるように両耳を強く塞いだ。
そのまま目をつむり、深い深い眠りの中へと意識を沈めていった。




