寮案内
気まずい夕食会を終え、私はかつての同期である南野の後に続いて、寮の長い廊下を歩いていた。
食堂での凍りついた時間は、今の私たちがただの「元部員」ではなく、絶望的なほどの実力差と階級差を持つ「上官と部下」であることを残酷に突きつけていた。
「……ここだよ。ここが王子の部屋」
南野が立ち止まった。彼女は私のことを「中尉」とは呼ばず、昔のように「王子」と呼んだ。それが彼女なりの意地なのか、それとも戸惑いなのかは分からない。
沈黙に耐えかねたのか、南野がボソリと口を開いた。
「ねえ、王子。王子が立川の士官学校にいた時ってさ……」
その言葉だけで、彼女が何を訊きたいのか分かった。
不特定多数の「黒いヤツ(敵)」が士官学校を襲ったあの凄惨な事件。全国ニュースを席巻したあの日の悲劇は、当時まだ学生であった彼女たちの耳にも届いていたのだろう。
この明光隊自体、あの事件後の人手不足を補うために、民兵組織として強化された部隊なのだから。
「……ああ、あれね。いたよ、その場に」
当たり前のように淡々と答える。
目の前でリーダーの安宅君が散り、多くの仲間が命を落とした光景。今の私の根幹にある、消えない傷跡。
それを知らない彼女に、何から話せばいいのかも分からなかった。
「……そっか」
南野はそれ以上、何も訊いてこなかった。ただ少しだけ、彼女の背中が強張ったように見えた。
「私の部屋、隣だから。……で、私の隣が鴨居先輩、その隣が相原先輩。……向こうのブロックの端は空きで、菊名先輩、紫陽さん、夏純の順」
かつて逃げるように去ったあの場所のメンバーに囲まれて眠る。その事実に、私は皮肉な運命を感じずにはいられなかった。
「了解。……ありがとう、南野。じゃあ、おやすみ」
「……おやすみ」
重い扉を閉め、一人きりになる。
支給されたばかりの黒い九州仕様の制服を脱ぎ、ベッドに体を預けた。
……部屋が、こんなに落ち着くなんてな
これから始まる一年間の長期派遣。
顔を合わせるのも苦痛なはずの人たちが、すぐ壁の向こうにいるというのに。
それでも、全国の基地を転々としていたこの一年間に比べれば、この小さな四角い空間だけが、今の私に許された唯一の「居場所」のように感じられた。
「頑張るね、安宅君。……関。」
机に飾った写真の中の二人へ、誰にも聞こえない声で呟く。
立川で「つまらなそうに」リハビリを続けているであろうライバルの顔を思い浮かべながら、私は泥のような眠りに落ちていった。




