会いたくない
立川基地の宿舎、関の自室の前。
函館での任務を終え、ようやく戻ってきたばかりの小早が、困惑した表情で立ち尽くしていた。
「教官、……関、本当に中にいるんですよね?」
小早の声は微かに震えていた。彼女の手には、函館で買ってきたのであろう小さなお土産が大事そうに握られている。
私は関の部屋のドアを一瞥し、重い口を開いた。
「……ああ、中にいる。だが小早。あいつは今は誰とも……特にお前とは、会いたくないと言っているんだ」
「なんで……?」
小早が絞り出したその言葉に、胸が締め付けられる。
「スランプで訓練中」という俺の説明は、彼女にとっては会わない理由にはならなかったのだろう。半年近く離れた場所で戦い、ようやく戻ってきた唯一無二のライバルであり、戦友。その彼から拒絶されるなど、彼女は微塵も思っていなかったはずだ。
「なんで、会ってくれないの……? 私、何か悪いことした……?」
悲しみで今にも泣き出しそうな小早の瞳を見て、俺は真実を告げそうになる衝動を必死に抑え込んだ。
関が会いたがらないのは、彼女が嫌いだからではない。その逆だ。
吐血し、自分の命を削ってまで神力を暴走させた無様な姿を、最も認めてほしい相手である小早にだけは見せたくないのだ。
今の関は、階段を上るだけで息を切らし、かつての輝きを失っている。そのプライドの崩壊が、彼を部屋の隅に閉じ込めていた。
……すまない、小早。今のお前に、あいつの『壊れた姿』を見せるわけにはいかないんだ。
もし小早が、関が自分を追うあまりに死にかけたことを知れば、彼女の繊細な神力コントロールも再び不安定になり、今度こそ二人とも共倒れになってしまうだろう。
「今はそっとしておいてやってくれ。あいつには、自分自身と向き合う時間が必要なんだ」
私の言葉に、小早は力なくうなだれた。「なんで……」と、もう一度小さく呟き、彼女は背を向けて歩き出した。その背中は、函館での戦闘を乗り越えてきたはずなのに、今はひどく小さく、頼りなく見えた。
一方、閉ざされたドアの向こう側。
俺は、部屋の中から聞こえる「ヒュー、ヒュー」という関の苦しげな、それでいて必死に声を殺した呼吸音を聞いていた。
関は、ドア一枚を隔てたすぐそこに小早がいることを分かっていながら、血の気の失せた手でシーツを握りしめ、ただ耐えているのだろう。
「こんな姿、見せられるわけがないだろう」
言葉にならない彼の叫びが、沈黙の中で私にだけは聞こえるようだった。
「……いつか、笑ってお前たちが並んで飛べる日が来るまで。今は耐えるしかないんだな、関」
静まり返った廊下で、俺は去っていく小早の足音と、部屋の中の教え子の喘鳴を、ただ苦い思いで受け止めていた。




