止まらない、止められない
空中で俺の腕に抱かれ、絶え間なく吐血を繰り返していた関の瞳に、わずかな光が戻った。だが、その光は生還の喜びではなく、凄惨な苦痛と混濁を映し出していた。
「きょ……、う……か、ん……」
ごぼっ、と気泡の混じった鮮血が彼の口端から溢れ出す。俺の腕を濡らす血の熱さは、もはや生命の温度を超えていた。肺からせり上がる血が気道を塞ぎ、満足に呼吸すらできていない。
「関! 分かるか!? 意識を保て、だが神力を切れ!このままだと死ぬぞ!!」
私は叫び続けた。だが、関の身体は私の制止を聞き入れない。彼の瞳は充血し、白目の部分は真っ赤に染まっている。内圧が異常なまでに高まり、脳の血管すら今にも破裂しかねない、極限の高血圧状態だ。
「……っ、ぁ……あ、の……きり、か、た……わ、から……な……」
震える唇が、絶望的な言葉を紡ぐ。彼は出力を落とそうとしているのだ。だが、自分を「安宅の死の原因」と責め、小早を一人残すまいと無意識に命を燃やし続けた結果、神力の制御システム自体が暴走し、遮断不能な「自壊モード」に陥っていた。
「関!! 俺だ、桜木だ! 力を抜け、安宅はお前にこんなことを望んじゃいない!!」
横から割り込むように関の肩を掴んだ桜木の声も、悲痛に震えている。普段の「鬼教官」としての威厳など微塵もない。目の前で、手塩にかけた教え子が内側から爆発しようとしている。その恐怖に、親友である彼の顔は蒼白だった。
「関、俺の声を聞け! 小早はお前を待っている。こんなところで壊れて、あの子を本当に一人にするつもりか!?」
小早の名を出せば、わずかでも抑制が効くかと考えた。だが、関は苦しげに目を剥き、さらに激しく血を吐き出した。神力が出続けているせいで、体外へ放出される衝撃波が私たちの衣服を激しく叩く。
「ごほっ……っ、が……はぁ、はぁ……っ!!」
関の軍服は、もはや元の色が分からないほどに赤黒く染まりきっていた。彼の身体が神力を絞り出すたびに、その命が火花のように散っていく。鼻血からも、口からも溢れ出す鮮血。
「やめろ……もうやめてくれ、関……!」
桜木の絶叫が訓練場にこだまする。
かつて安宅、小早、そして関が並び立ち、「歴代最強」と称えられたあの眩い光景。 その光が、今、私の腕の中でどろどろとした血の塊となって消えようとしていた。
「関……っ、関!!」
俺の腕の中で、激しく吐血を繰り返していた関の身体から、ふっと力が抜けた。限界を超えた肉体が、ついに意識を強制的に遮断したのだ。だが、最悪なことに神力の出力は完全には途絶えなかった。
パニック状態で暴走した回路が微弱な放電を続け、彼の体内には依然として異常な圧力がかかり続けている。口元からは、止まることのない鮮血が「ごぼっ……ごぼり」と不気味な音を立てて溢れ出し続けていた。
私は関を抱いたまま、吸い込まれるように訓練場の地面へと降り立った。
「関、おい、目を開けろ! 関!!」
何度も名前を呼び、彼の肩を揺さぶる。だが、関の瞳は焦点が合わず、泥を混ぜたような混濁した光を湛えたまま、虚空を見つめている。彼の軍服を真っ赤に染め上げ、俺の手の隙間から溢れ出す血の温かさ。
その生々しい感触が、私の脳裏にある光景を強烈に引きずり出した。
……あの日と、同じだ
卒業試験の翌日、立川士官学校を襲ったあの地獄。目の前で命を散らした安宅達の姿が、今の関と重なり、視界が歪む。
誰よりも将来を嘱望されていた教え子を失ったあの日の無力感。手の中で冷たくなっていく命をただ見守ることしかできなかった、あの底寒い恐怖が、心臓を鷲掴みにする。
一瞬、私の指先が激しく震えた。教官としてではなく、一人の人間として、目の前の大切な教え子が再び失われることへの根源的な恐怖が、喉元までせり上がってくる。
……また、守れないのか? 俺のせいで、またあの子たちを……
「中山! しっかりしろ!!」
隣に駆け寄った桜木の鋭い怒鳴り声で、私はハッと我に返った。
そうだ、私は教官だ。ここで私が恐怖に飲み込まれれば、関の命は本当に潰える。
私は奥歯を噛み締め、内側から溢れ出す震えを無理やり抑え込んだ。トラウマを心の奥底へ押し込め、冷徹なまでの「軍人」の仮面を被り直す。
「……分かっている。桜木、衛生兵を急がせろ。止血処置を優先する」
俺は血で滑る手で、関の頸動脈を確認しながら、もう一度強く呼びかけた。
「関、聞こえるか! まだ死なせはしない。お前がこんなところで終わるのを許しはしないぞ!」
混濁した瞳からは依然として光は戻らない。だが、俺は溢れ続ける血を自分の手で押さえ込み、教え子の命を繋ぎ止めるために、ただ必死にその名を呼び続けた。




