限界を超える
立川基地の再検査の結果、関の神力は消えてはいなかった。数値は確かに存在している。ならば、彼が飛べなくなった原因は精神的な重圧による「イップス」に近いものだろうと、俺と桜木は結論づけた。
「原点に戻るしかないな」
俺と桜木の二人が立ち会い、かつての士官学校時代のように基礎飛行訓練を行うことにした。あえて防護ネットは用意しない。何かあれば、俺か桜木が直接空中で受け止めればいいからだ。だが、その慢心に近い確信が、後に絶望へと変わることになる。
訓練場の高台に立つ関の背中は、悲痛なほどに強張っていた。
「関、準備はいいか。無理はするな、感覚を取り戻すだけでいい」
俺の声に、関は短く「はい」とだけ答え、地面を蹴った。
最初は、いつも通りに見えた。だが、高度を上げるにつれ、彼の飛び方が異様な変質を見せ始める。
本来、流れるように放出されるはずの神力が、今の関からは、まるで断末魔のような軋みを伴って絞り出されているように感じられた。
……あいつ、何をしている?
異変は、彼が空中で静止した瞬間に起きた。
関の鼻から、一筋の鮮血が滴り落ちた。
「鼻血……。関! 降りてこい、今日はここまでだ!」
私は即座に声をかけた。疲れが出たのかもしれない。だが、空中の関は呆然とした表情で自分の血を見つめたまま、降りようとしない。それどころか、彼は何かに取り憑かれたように、さらに神力を「ブースト」させた。
無理やり心臓を叩き、血圧を限界まで押し上げて神力を捻り出す――その無謀な行為が、彼の肉体を内側から破壊し始めた。
「っ……、ごほっ、げほっ……!」
関が咄嗟に口元を抑えるが、指の間から溢れ出したのは、どす黒い鮮血だった。
肺胞が破れ、せり上がる血に噎せ返りながら、関はなおも空中で浮力を維持しようともがいている。
「関!!」
俺は叫びながら、一気に加速して彼のもとへ飛んだ。
背後から関の体を抱きしめるように支えるが、腕の中に伝わる鼓動は異常なまでの速さで打動し、彼の体は発熱したように熱い。
「関! 神力を切れ! 今すぐ出力を落とせ!」
耳元で怒鳴りつけるが、関の瞳は焦点が合わず、パニックに陥っていた。
「ごぼっ……っ、げほっ……!」
言葉にならない悲鳴と共に、絶え間なく血が吐き出される。
彼が神力を切らなければ、命を燃やす高血圧状態は止まらない。だが、彼は恐怖と罪悪感に支配され、力の「蛇口」を閉める方法を忘れてしまったかのようだった。
「……ぁ……あ、たけ……こは、や……」
混濁した意識の中で、彼が亡き戦友と、今も戦い続ける仲間の名を呼ぶ。
吐き出される血は止まることなく、関の軍服を、そして俺の腕を真っ赤に染めていく。
「中山! 関を離すな!」
桜木も神力を全開にして駆け寄り、関の正面からその肩を掴んだ。
「関、俺だ! 桜木だ! 聞こえるか! もういい、もう戦わなくていい、力を抜け!」
しかし、関には二人の声すら届いていないようだった。
ひたすら血を吐き続け、真っ赤に濡れた胸元を震わせながら、彼はなおも「もっと、やらなきゃ……」と、壊れた機械のように神力を絞り出し続けている。
……馬鹿な、これでは本当に死んでしまう
この時、俺は戦慄した。
「歴代最強のチーム」の一人として安宅の死を背負い、首席として完璧であらねばならないという強迫観念が、彼をここまでの自傷行為に駆り立てていたのか。
「関!!」
降り注ぐ鮮血の飛沫の中で、私はただ、狂ったように神力を出し続ける教え子の体を、砕けんばかりに抱きしめ、声をかけ続けた。




