落ちぶれたエリート
あれ……ここ、どこだ?
目に飛び込んできたのは、無機質な白い天井と見慣れないベッド。
「関さん、分かりますか?」
「え、はい……」
「自分がなぜ運ばれたか、心当たりは?」
「……さぁ」
看護師の問いに、私は曖昧に答える。
「訓練中に落下して、脳震盪を起こしたんですよ」
落ちた? 俺が、訓練で?
「検査の結果、今のところ異常はありません。一日様子を見て、問題なければ退院していいですよ」
看護師が去った後、入れ替わるように一人の男が入ってきた。
「関中尉」
「榎本大尉……っ」
慌てて起き上がろうとした俺を、大尉が手で制した。
「寝ていろ。……お前、落ちた時の記憶はあるか? 急に力が抜けるような感覚とか」
「いえ、ありません……」
「以前に同様のことは? 士官学校時代も含めて」
「無いです」
嘘ではない。だからこそ、混乱していた。空で意識を失い、あやうく墜落死しかけたという事実に、背筋が凍る。
「明日、詳しい検査を行う。お前は訓練中止だ。退院後すぐに基地に来い」
榎本大尉が去った後、俺は自分の手を見つめた。
体が鉛のように重い。それでいて、内側がぽっかりと空洞になったような、奇妙な空虚感。
……まさか、神力が……?
退院の日。
8月だというのに、外には季節外れの涼しい秋の風が吹いていた。病院の玄関を出た瞬間、昨日からの違和感が確信に変わる。
「やっぱり……そうか」
神力使いなら、常に感じているはずの空気の微細な揺らぎ。それが、今の俺には全く感じられない。
基地に戻ると、刺すような視線が俺に集中した。
「関、落ちたんだってよ」
「マジか。やっぱり立川(本校)は今回は(首席が死んだから入学したのは)次席だもんな。」
「しっ、聞こえるぞ」
もう、聞こえている。安宅なら、こんな屈辱的な言葉を投げかけられることもなかっただろう。
相部屋に戻ると、中部の士官学校出身だという同期が、ゲームの手を止めずに言った。
「関、神力はどうなんだ?」
「……っ!」
「気づくよね、本人なら。無能な先輩たちは気づいてないけど、僕みたいに実力主義の家系なら分かるよ。神力が出なくなった奴なんて、何人も見てきたからさ」
「……そいつらは、どうなった」
「辞めたんじゃない? 神力が出なきゃ、この世界じゃゴミ同然だもん」
そっけなく言い残し、あいつは部屋を出ていった。俺はその背中を、ただ黙って見送ることしかできなかった。
「では、再テストだ。いつも通り飛んでくれ」
足元には、神力で編まれた保護ネットが敷かれている。士官学校で初めて飛ぶ訓練をする時と同じ光景だ。屈辱で歯を食いしばりながら、俺は思い切り地面を蹴った。
景色が浮き上がる。だが、次の瞬間、ガクッと意識が断絶した。
「関! 気がついたか」
目を開けると、俺はネットの上に転がっていた。また、飛べなかった。
「……もう、充分です。俺、明日からどうなりますか?」
「明日はお前の班は休みだ。立川へ戻れるよう、手配しておく」
倉庫で荷造りを始める。湿った空気が体にまとわりつく。
外からは、仲間たちの訓練の声が聞こえてくる。それを聞くのが、今はたまらなく苦しい。
しゃがみ込み、溢れ出す涙を掌で押さえた。泣いている姿なんて、誰にも見せられない。
段ボールに、教科書や資料を詰め込んでいく。最後に手に取ったのは、安宅、小早、俺の三人で撮った写真だった。
……ごめん小早。ごめん、安宅
安宅が死んだ時、俺はあまり泣かなかったと思う。あいつの分まで、俺が神力使いとして生きていくと決めていたからだ。なのに、俺は小早を一人残して、戦場を去ろうとしている。その罪悪感に、胸が潰れそうだった。
「おかえり、関」
立川基地。迎えてくれたのは、恩師である桜木教官だった。
「桜木教官……俺……」
「分かっている。とりあえず、荷物を運ぶぞ。お前の部屋は教官エリアの近くだ。何かと便利だろう」
やけに口数が多いのは、桜木の気遣いなのだと分かった。
部屋に着き、慣れ親しんだ立川の空気に触れると、張り詰めていた何かが切れた。
「教官……すみません……。俺、神力が……出なくて……」
声を震わせる俺の背中を、桜木は力強く、何度も叩いた。
「大丈夫だ。お前は俺の教え子で、あの地獄を共に生き残った大切な生徒だ。必ず解決策を見つける。……お前だからな。俺は、お前を信じている」




