喜びと憂い
やはり、日吉教官(大佐)のところに預けて正解だったな。
一時は「飛べなくなった」という報告を受けて肝を冷やしたが、小早の奴、そこから予想外の成長を見せやがった。
手元の報告書によれば、函館での実戦を経て、援護手ランキング20位、攻撃手でも30位以内に食い込んでいる。卒業して一年にも満たない新人が、全軍でこれほどの結果を出すなど前代未聞だ。
本当は正式に函館へ配属させてもいいんだが……。
私はコーヒーを一口啜り、もう一通の記録に目を落とした。関悠斗の記録だ。
……芳しくない。
エリート部隊である天照隊で、関は完全に埋もれている。負けず嫌いのあいつなら、周囲を蹴落としてでも這い上がってくるかと思っていたが、エリートの壁を舐めすぎていたか。あるいは――。
「やはり、あの三人の連携を見てしまうとな……」
ため息と共に呟きが漏れる。安宅一希が指揮を執り、関と小早が暴れ回る。あの「歴代最強」と称されたチームワークを知る者からすれば、関と小早をバラバラの隊にする理由は本来どこにもない。
小早と関は、互いの神力の「馬」が合う。これほど相性の良い組み合わせは、私が教官になって以来、一度も見たことがない。
だが、雪兎隊に二人を配属すれば、あそこの柔軟な方針ゆえに、逆に同じ班になれない可能性も高い。関には、グループという強固な縛りがある方が力を発揮できる。……何より、小早を雪兎隊に、というのは日吉大佐からの直々の頼みでもあったが、まだ小早にはいろいろな隊を見て欲しいという親心もある。
「中山」
「桜木……どうした、こんな夜更けに」
入ってきたのは、同期であり親友、そして関の担当教官でもある桜木中佐だった。
私は黙って関の記録を渡す。桜木は不愉快そうに顔を歪めたが、受け取る手は迷いがなかった。
「関の状況、良くないな」
「ああ」
「士官学校時代、首席(繰り上げだが)だったあいつの成績なら、天照隊でも十分についていけるはずなんだが」
「天照隊からは、これ以上結果が出せなければ送り返すと通告されている」
桜木の声は苦渋に満ちていた。
安宅と小早。その二人がいて初めて関の真価が引き出される……そんなことは、教官である私たちが一番よく分かっている。だが、安宅はもう帰ってこない。そして、もし小早がいつか戦死したとしても、関は一人で戦えるようにならなければいけないのだ。
「……中山、関のこの数値を見たか?」
桜木が指し示したページ。そこには、まだ私が目を通していなかった最新の検査結果があった。
「これは……」
絶句した。
神力は本来、個人の素質であり、努力や感情で変化するものではない。多少の増減はあっても、大幅な変動、ましてや卒業後に「数値が上がる」など、私は一度も聞いたことがなかった。
「もしかしたら関、化けるかもしれんな」
「……隠れ神力か?」
稀に、測定で測りきれなかった数値が後から発現することがある。だがそれは、主に未経験の民兵に起こることであり、士官学校で徹底的に訓練された使い手には、まず有り得ない話だ。
桜木の表情が険しくなる。
「士官学校卒で数値が隠れるなんてことは、滅多にない。……そうなると、可能性は一つだ」
「それは関にとって、良いことか、悪いことか」
「……最悪の可能性もある」
神力の数値を上げる方法は、一つだけ確実なものがある。
それは、「命を削り、神力として変換する」こと。
出力のために魂を磨耗させるその行為は、使い手の寿命を劇的に縮めるため、軍では厳格に禁止されている。だが、神力のコントロールに優れ、かつ強い使命感を持つ若い攻撃手ほど、無意識のうちにその禁忌に触れてしまうことがある。
「中山……。関はどうなる。いや、どうするつもりだ」
桜木の問いに、私は冷酷な現実を突きつけるしかなかった。
「もし命を削っているのなら……関は、軍を辞めなければならなくなる」
「……そうか」
桜木の声は、低く、深く吐き出されただけの、短い三文字だった。
静まり返った教官室に、冷めたコーヒーの香りと、教え子の破滅を予感させる重苦しい沈黙だけが残った。




