ラッキー
ラッキーは、まるで私の心を読み取ったかのように、クゥンと鳴いて足元にすり寄ってきた。
その温かさに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「王子中尉」
「はい、大佐」
「……飼いたいかい?」
不意の問いかけに、私は言葉を失った。軍の基地で動物を飼うなんて、考えたこともなかったからだ。
「えっ、それは……」
「どうなんだ? 中尉個人の気持ちを聞いている」
大佐の真っ直ぐな視線に、私は自分の心に嘘をつけなかった。
「……飼いたいです。私が、この子を守りたいです」
私がラッキーをそっと抱き上げると、大佐は隣にいた女の子に優しく語りかけた。
「お姉ちゃんとおじさんが、ラッキーを預かろう。基地で育てるから、いつでも遊びにおいで」
「本当!? ありがとう、おじさん、お姉ちゃん!」
女の子の弾けるような笑顔が、夕闇に沈みかけていた公園をパッと明るく照らした。
基地への帰り道、私は隣を歩く大佐に尋ねた。
「大佐。本当に、良かったんでしょうか?」
「基地で一番偉いのは俺だし、幸い犬アレルギーの隊員もいないからな」
冗談めかして笑う大佐だったが、その真意はもっと深いところにあった。
「あの子がラッキーに会いに基地へ来る。それが当たり前の風景になれば、軍人(神力使い)がもっと身近な存在になるだろう? いつかあの子が、この街を守る側になりたいと思ってくれるかもしれない」
大佐は一度言葉を切ると、ラッキーの頭を撫でた。
「それに、犬のセラピー効果は馬鹿にできん。うちの隊員の多くは、実戦での挫折や、仲間を守れなかった無力感を抱えて飛べなくなった者たちだ。ラッキーは、彼らにとっても必要な存在になるはずだ」
こうして、ラッキーは雪兎隊の「新しい隊員」になった。
あの女の子は、雪香ちゃん。北海道の冬を思わせる、可愛らしい名前だ。
それからというもの、雪香ちゃんは毎日基地へ通ってきた。
「王子お姉ちゃん! ラッキーは?」
「雪香ちゃん、こんにちは。ラッキーは今、グラウンドで先輩たちと遊んでるよ。……それより、宿題は終わったの?」
「それは……えへへ」
ふてくされる雪香ちゃんの隣で、厳しい訓練を終えたはずの先輩隊員たちが「どれ、お兄さんが教えてあげよう」とノートを広げる。
ラッキーは日本犬のミックスらしく、とても賢かった。元気のない隊員を見つけるといち早く駆け寄って寄り添い、ボールをくわえて「遊ぼう」と誘う。
厳しい訓練の中で肉体的にも精神的にも磨り減ったとき、雪香ちゃんの無邪気な声とラッキーの温もりが、私たちの心をどれほど救ってくれたか。
そうか……これは、守る側と守られる側の、ウィン・ウィンの関係なんだ
そしてある日の訓練中、私は自分でも驚くほど自然に、地面を蹴って宙に舞っていた。
神力が澱みなく全身を巡り、翼となって私を押し上げる。
……ああ、分かったんだ
私はずっと、自分が「足でまとい」であることを恐れていた。けれど、ここでは誰も私を「不要」だなんて思っていない。
支えられていたこと。大切に思われていたこと。そして、私を必要としてくれる誰かがいること。
その確信が、私の凍りついていた翼を溶かしてくれたのだ。




