夕暮れの街、新たな出会い
帰り際、日吉大佐は何も言わず、ただ真っ直ぐ基地に戻ることもせず、街を散歩し始めた。
私はその斜め後ろを歩きながら、山に沈みゆく夕日を眺める。
陣川の街では、子供たちが遊び終えて解散する時間だろうか。家路につく彼らは、軍服姿の私たちを見かけると「さよならー!」と元気よく手を振り、それぞれの温かな家へと帰っていく。
人影がまばらになった道を、大佐と私の影だけが長く伸びていた。
昔の自分は、例えるなら「光の影」だった。あるいは、誰にも気づかれない無味無臭の空気。
前代未聞と言われるほどの神力があったからこそ、私は今こうして誰かに認知され、ここに存在できている。もし力がなければ、私はあのまま透明な存在として消えていたのかもしれない。
「王子中尉。」
「はい」
「子供たちを見て、どう想う?」
「……元気だな、と。このまま真っ直ぐに育ってほしいと思います」
大佐は「そうか」と短く笑い、再び歩き出した。
この平和を守ることが私たちの職務なのだと、言葉にせずとも伝わってくる。
公園に差し掛かると、一人の女の子がポツンとベンチに座っていた。大佐はそれ以上近づかず、そっと見守るような視線を向ける。
「あの子は、ご両親が共働きでね。帰りが遅いから、ここで時間を潰しているんだよ」
大佐はこの町のこと、そして住民一人ひとりの事情を本当によく知っている。
「……あの子、まだ正確な検査はしていないが、強い神力を感じる」
神力は外見や運動能力には反映されない[3]。精密な測定をして初めて判明するものだ。
「なぜ、分かるのですか?」
私の問いに、大佐は自分の頭を指差して「へっ」と笑った。長年の勘、ということだろうか。
「王子大尉は、自分の検査をした日のことを覚えているか?」
「あまり……正確には。中学2年の時、お菓子とジュースが貰えるからって、友達と遊びがてら受けた記憶があるくらいです」
けれど、今思えば不思議だ。
なぜ私は、わざわざバスを乗り継いでまで、遠くの検査会場へ行ったのだろう。まるで何かに引き寄せられるように――。その結果、私は「神力タンク」と呼ばれるほどの特異な才能を見出され、士官学校への道(逆推薦)が決まったのだ。
「お姉ちゃん、神力使い?」
公園にいた女の子がこちらに気づき、トコトコと歩み寄ってきた。私は屈み込んで視線を合わせる。
「そうだよ」
「お姉ちゃん、空飛べるの? お空って楽しい?」
「うん。まるで鳥になったみたいで、とても気持ちいいんだよ」
空は墜落の危険と隣り合わせの戦場だ。けれど、子供に教える時、私は迷わず「楽しい」と答えた。それが、私たちが命を懸けて守っている「自由」の象徴だから。
「そっか……。ねえ、みて」
女の子は私の手を引き、公園の奥へと連れて行く。植え込みの影に隠れるようにして、一匹の子犬が丸まっていた。
「ラッキーだよ」
女の子が名前を呼ぶと、子犬――ラッキーは、ちぎれんばかりに尻尾を振って出てきた。この近所に住み着いている野良犬らしい。女の子は給食の残りや、自分の夕飯をこっそり分けてあげているのだという。
「ラッキーも、あたしも、いつも夕方は一人なの。あたしはお家があるけど、ラッキーはお家もないの。お姉ちゃん、神力使いなら……お願い、ラッキーを助けてあげて」
潤んだ瞳で見つめられ、私は言葉を失った。
軍の力、神の力――それは未確認飛行物体を倒すための「衝撃波」や「暴力」として使われることが多い。けれど、目の前の小さな少女は、それを「困っている誰かを救うための魔法」のように信じている。
「私に、できることがあれば……」
私は背後の大佐を振り返った。
戦いの中でしか自分を証明できなかった私が、この函館で、戦い以外の「神力の使い道」を問われている気がした。




