知らないうちに助けられていた人もいた
翌日。まだ心の奥に重い塊が残っていたが、いつまでも引きこもっているわけにはいかない。
食堂へ行くと、先輩たちは腫れ物に触るような真似はせず、いつも通り明るく接してくれた。そのさりげない気遣いが、今の私にはありがたかった。
「王子中尉。今日は訓練の見学はしなくていい。私に付いてきてほしい場所があるんだが、大丈夫か?」
声をかけてきたのは日吉大佐だった。
どこへ行くのか尋ねても、「行けば分かる」とだけ。私は怪訝に思いながらも、大佐の車に乗り込んだ。
辿り着いたのは、陣川地区にある田中さんの家だった。
「日吉さん、王子ちゃん、ようこそ。待っていたわよ」
田中さんは私を温かく家の中に招き入れてくれた。
確か、田中さんは旦那様を亡くして一人暮らしだったはずだ。仏間に通された私は、ふと遺影に目を留めた。あまり昔ながらの家にお邪魔したことがなかったこともあり、その厳かな雰囲気に、つい見入ってしまう。
「王子ちゃん、気になる?」
「あ、すみません。……遺影を飾る文化は本で読んだことがありましたが、こうしてまじまじと見るのは初めてで」
「いいのよ。おじいさんも、あなたに見てもらえて喜んでるわ」
田中さんはそう言って、一冊の分厚いスケッチブックを持ってきた。
「開けてみて。これ、おじいさんの宝物だったの」
ページをめくって、私は息を呑んだ。
そこには、私がテレビや新聞に出た時の切り抜きが、隙間なく丁寧に貼り付けられていた。
「亡くなったおじいさん、あなたの大ファンだったのよ」
「え……ファン……ですか?」
驚く私に、田中さんは懐かしむように話し始めた。
「あの日……立川の事件の直後、王子ちゃんがメディアに囲まれていたでしょう? たまたま病室でテレビを見ていたおじいさんは、もうその頃、すっかり覇気がなくなっていたの。でもね、画面に映るあなたを見て、釘付けになったわ」
私は15歳で士官学校に入り、飛び級で2年後の17歳で卒業した。その直前にあの悲劇が起き、私は「最強の3人」の一人として望まぬ注目を浴びていた。
「あなたが毅然と記者の質問に答え、全ての責任を背負うように頭を下げた姿を見て、おじいさんはこう言ったの。『まだ子供なのに、なんて強い子なんだ』って」
強い……。私は、自分が強いなんて思ったことは一度もなかった。
「その日からよ。おじいさんはあなたのニュースを追いかけ、あの戦闘を再現したドラマなんかも見るようになってね。ついには、ファンレターまで書いたのよ」
あの頃、学校には溢れるほどの手紙が届いていた。文章を読むのが得意だった私は、函館に来るまでにその全てに目を通した。
「そしたら、ある日あなたからお返事が来たの」
田中さんがページをめくる。そこには、私が送ったお礼の絵葉書が貼られていた。
私が描いた風鈴草の絵。
『お手紙をいただきありがとうございます。亡き仲間の分まで、立派な人間になろうと思います。これからもご支援よろしくお願いします』
拙いながらも、心を込めて書いた文字。風鈴草の花言葉は「感謝」。時間を見つけては、返事を書いていたあの日々の一枚だった。
「おじいさんが亡くなる数日前に、これが届いたの。意識が朦朧とする中で、これを見てね……『嬉しいね、頑張ってほしいね』って、笑っていたわよ」
そして、もう一枚のページに、便箋が挟まれていた。そこには、力強い筆致で私への言葉が綴られていた。
『王子小早中尉殿
これを見ている頃には、私はもうこの世にはいないでしょう。
私は病室のテレビ越しに、あなたに出会いました。
あなたはまだ17歳という若さで、その背には重すぎる責任を背負っているように見えました。
そんなあなたに、一つだけお願いがあります。
あなたは素晴らしい神力の持ち主であると同時に、類稀なる知恵の持ち主(参謀)です。
この先、何度も死地を潜り抜けることになるでしょう。
あなたは責任感が強すぎる。だから……どうか、潰れないでください。
生きてください。
あなたはいつか、この国に必要不可欠な人になる。
あなたの行動に勇気をもらった人は、ここにいる私を含め、たくさんいるのです。
お願いです。どうか、幸せになってください』
「おじいさんは、会ったこともないあなたのことが心配で……まるで親のような気分だったのよ」
田中さんの言葉が、じわりと胸に染み込んでいく。
昨日の戦闘で味方が墜ちるのを見て、「自分が戦えなかったせいで」と自分を責めていた。けれど、私の知らないところで、私の存在そのものが誰かの生きる糧になっていた。
安宅くんを失った悲しみも、責任という重圧も、消えるわけじゃない。
でも、この絵葉書を握りしめて笑ってくれた人がいた。
「……ありがとうございます」
私は震える声でそう言い、遺影の中のおじいさんに、深く、深く頭を下げた。




