先輩から贈る
「王子ちゃん、大丈夫かな……」
廊下から、私を案じる先輩たちの話し声が微かに聞こえてくる。
心配をかけている申し訳なさと、不甲斐ない自分への嫌悪感。それらが混ざり合い、どうしても起き上がる気力が湧かなかった。
すると、ドアが軽くノックされる。
「王子ちゃん、入るよ?」
入ってきたのは、函館に来てから一番面倒を見てくれている先輩だった。
泣き腫らした顔を見られたくなくて、私は慌てて布団を深く被り、丸まった。
「王子ちゃん、お腹すかない?」
「……空かない、です」
布団越しに答える私の声は、自分でも驚くほど掠れていた。
「んー、明日どうする? 休む? それとも見学にする?」
「……訓練、します」
即座に答えた。
私は飛び級で士官学校を卒業した「中尉」だ。しかも、立川では安宅くんや関と一緒に「歴代最強」と呼ばれていたこともある。ここで訓練を休めば、また中学の時のように「足でまとい」になってしまう。あの時の、「私が居てはいけない」という恐怖が胸を締め付ける。
「……訓練、休むわけにはいかないんです」
「あー、それはね、大佐から『明日は休ませろ』って命令が出てるんだ」
「でも……っ!」
ガバッと布団を跳ね除けて起き上がろうとした私を、先輩の穏やかな眼差しが制した。
「王子ちゃん、この隊は『無理をしない隊』なんだよ。だから、今できなくたっていいんだ。……実はさ、俺も昔、訓練が全くできなかった時期があるんだよ」
意外な告白に、私は動きを止めた。
「実戦でアイツ(敵)の弾丸を思い切り食らってね。墜落しそうになって、それから怖くて飛べるのに引き金が引けなくなっちゃったんだ」
この世界での死亡原因1位は「墜落」だ。その恐怖は、どんなに強い神力を持っていても抗い難いものなのだろう。
「そうしたら大佐、『訓練しなくていい』って言ってくれた。『君ができるようになるまで、俺は信じて待ってるから』って。……だから、今度は俺が王子ちゃんを待つ番だ。ゆっくりおいで」
そう言って、先輩は枕元に温かいお茶と、少しの食べ物を置いてくれた。
「おやすみ、王子ちゃん」
パタン、と優しくドアが閉まる。
一人残された部屋で、お茶の湯気が揺れている。
「……私を、待ってくれる」
立川での殺伐とした競争や、士官学校で起きたあの惨劇。ずっと張り詰めていた心の糸が、雪兎隊の優しい人たちの言葉で、少しずつ解けていくのを感じていた。




