取り乱しました
中山教官の腕の温もりから、ゆっくりと身体を引き離した。
冷たい潮風が、熱を持った頬を容赦なく叩く。頭が冷えた。過呼吸の影響で指先がまだ痺れていたが、私は溢れそうになる涙を手の甲で乱暴に拭い、無理やり「神力使い」としての顔を作る。
「……すみません、取り乱しました。……もう、大丈夫です」
かつて「何にも出来ない出来損ない」だと自分を責めていた頃の私が、また顔を出してしまった。その不甲斐なさが、古傷の痛み以上に胸を締め付ける。
「大丈夫……そうだな。……いこうか」
中山教官は穏やかに、けれどどこか重々しく頷くと、再び前線へと視線を向けた。 彼は空中で姿勢を制御し、私の先を行こうとわずかに加速する。その機動に合わせて、私もまた彼の背中を追おうと視線を下げた、その瞬間だった。
「あ……っ、……教官っ!!」
喉の奥から、短い悲鳴がせり上がる。
教官の左足。人間の関節とは思えないあり得ない方向へと無残に折れ曲がっていた。
先程被弾したのは声で分かった。でも……
「教官っ……左足が! そんな、……そんな状態で、私のところへ……っ!?」
あまりの衝撃に、めまいがする。 彼は、砕けた骨が肉を内側から削るような激痛を、神力の「添え木」だけで無理やり抑え込み、私を救うためにこの空を飛んできたのだ。私がパニックを起こして泣き喚いている間、彼は表情一つ変えず、折れた足で私を抱きしめていてくれた。
教官の顔に浮かぶ大量の脂汗と、痛みに耐えるあまり白くなった唇。 その痛々しい姿を直視することすら出来ない。
「……大丈夫だ。言っただろ、歩けないだけで、飛ぶのには……っ、関係、ない……っ!!」
教官は、折れた骨の断面が神経を火で炙るような痛みを、凄まじい精神力で飲み込んでいる。 その瞳には、「二度と、犠牲は出させない」という狂おしいほどの情念が宿っているようだ。なんでそんなに……。
「さっさとヤツを倒して、退却しよう。……お前たちの『未来』を、こんなところで終わらせるわけにはいかないんだ」
教官は折れた足を引きずりながらも、再び凛とした指揮官の背中を俺に見せ、敵陣へと突き進んでいく。
私は震える手で、関を援護する
……もう、甘えてなんかいられない。いつまで守られる側でいるつもりだ、自分。
左肩のプロテクターは砕け、腹部の古傷は引き裂かれるように痛む気がする。呼吸をするたびに肺が焼け付くようだ。
けれど、この満身創痍の教官が、命を削って私たちを守ろうとするならば。その教官が「大丈夫」と手を当ててくれた腹部を見る。
私もまた、この肉体が塵になるまで、仲間の背中を支え抜く。
私は溢れ出る涙を振り払い、折れた骨の軋む音を聞くような覚悟で、真っ赤に染まる戦場の空へと翼を広げた。




