絶望に塗りつぶされた空
この日の立川の空は、かつてないほどの硝煙と絶望に塗りつぶされていた。
骨伝導イヤホンからは、ノイズ混じりの悲鳴と、敵か味方か……爆ぜる音だけが絶え間なく響いている。目の前に立ち塞がるのは、通常の個体を遥かに凌駕する質量と、神力シールドを容易に粉砕する攻撃力を備えた「超重装甲種」の群れだ。
今回の敵は異常なまでに硬く、俺たちの神力をもってしても有効打を与えられない。攻撃を仕掛けるたびに神経が焼き切れるような焦燥感が全身を支配し始めていた。
なんとか一体を撃破し、次の獲物を探そうと周囲を見渡した瞬間――俺の心臓は冷たく凍りついた。
視界に広がるのは、決定的に崩壊した戦場だった。
『川越隊、被弾! 墜落します!』
『町田隊、神力切れにより……っ、うわあああああッ!!』
無線から聞こえてくるのは、同じ立川基地を拠点にする同僚たちの最期の絶叫だ。立川を、自分たちの居場所を死守しようと突撃した隊が、次々と敵の暴力的な衝撃波によって空から叩き落とされていく。
墜落、それは、ほぼ死を意味する。
「……っ、くそ……! なんで……なんでこんなに……!」
血走った目で戦場を睨みつける。そこには、他の部隊が文字通り「壊滅」し、落ちていく姿。俺たち中山隊だけが、燃え盛る空に浮かぶ孤独な浮島のように取り残された地獄が広がっていた。
そして、さらなる絶望が雲を割って現れる。
これまで見たどの敵よりも巨大で不気味な巨躯を現した。その圧倒的な存在を感じただけで、全身の毛穴が閉じるような悪寒が走る。
「――待て。あれに突入したのは、……矢部たちの隊か?」
桜木教官の震える声に、俺は息を呑んだ。
巨大な敵の核を狙い、最後の一撃にすべてを懸けて突撃した別隊の影。だが、ヤツの放った不可視の追撃波が、彼らを無慈悲に薙ぎ払った。
本当に、一瞬だった。
シールドごと粉砕され、バラバラの肉塊となって空中に散る影。そして、神力を完全に喪失し、抗う術もなくまっさかさまに落ちていく塊が見えた。
……嘘だろ。あいつら、一度の攻撃で、全員……落ちたのか……?
神力切れで落下する兵士を拾いに行く余裕など、この漆黒の空のどこにも残っていない。助けに行けば、その隙に他の仲間が落とされる。墜落していく彼らの背中は、もはや生還の望みが断たれた「死亡確定」の宣告に他ならなかった。
「あああああああああああああッ!!!」
俺は咆哮した。怒りなのか、恐怖なのか、それとも安宅を失ったあの日から何も変わっていない己の無力さに対する絶望なのか、自分でも分からない。
守りきれない。助けられない。また、俺の目の前で、立川が地獄に変わっていく。
「関! 落ち着け!」
後ろから、中山教官の大きな手が俺の両肩を強く掴んだ。その手のひらを通じて、教官の不屈の意志が伝わってくる。
「大丈夫だ。桜木、小早、まだ神力はあるな?」
「ああ。……問題ねぇ」
「はい。……大丈夫です」
小早の横顔を盗み見る。関内の妹に刺され、日常生活や戦闘に支障はほぼ無いものの、今も念の為左肩にプロテクターを装着して空を飛ぶ彼女の体は、限界を超えて細く、脆く見える。それでもその瞳には、かつて自分を責め泣いた影はない。
「関もまだ、余裕はあるだろ?」
中山教官の声は穏やかで、見知った人が落ちていく姿を見て咆哮していた俺の心をどんどん穏やかに染み渡らせていく。
「……もちろんです。」
そうだ、まだ余裕はある。ここで撃破すればいい。
救護専門の部隊がどこかに残っていると信じるしかない。俺たちの役割は、目の前の絶望を屠ることだけだ。
「小早、古傷が痛んだり、神力以外の支障は出ているか?」
「中山教官……。今のところ大丈夫です。左肩も右手も動きます。」
「なら、行けるな。もし一人でも負傷をして戦えなくなったら、即座に退却だ。いいな?」
「はい」
中山教官の厳しい、けれど慈しみに満ちた指令が飛ぶ。
「小早は関に、俺は桜木につく。まずは相手に上を取られないようにするぞ。いくぞ!!」
その声を合図に、俺たち4人は残された全神力を翼へと注ぎ込み、死に場所を求めるように、巨大な敵の頭上へと高度を上げた。




