平和な朝
昨日までの高級ホテルの喧騒やネットの盛り上がりが嘘のように、基地の宿舎のダイニングには、静かで温かい朝の空気が満ちていた。
フライパンでこんがり焼いたフレンチトーストにメイプルシロップを回しかけ、テーブルに並べる。
「ほら、二人とも冷めないうちに食えよ」
「「いただきます」」
昨日のお祝いのお酒がすっかり抜けた小早と関が、並んでフォークを動かし始めた。昨夜のドレスやスーツから、いつもの着慣れたジャージや部屋着に戻った二人の姿を見ていると、なんだか無性にほっとする。
「……そういえばさ、関。お前、昨日が本当の初飲酒だったんだな」
俺がコーヒーを一口すすりながら尋ねると、関はフレンチトーストを頬張りながら、さも当然のように頷いた。
「はい。軍人は緊急出動や急な神力動員に備えて、非番の日に酒を飲む場合でも事前に申請と報告が必要ですし……。飲む機会が一切なかったんですよね」
「まあな。俺たち現役は、いつ緊急アラートが鳴るか分からんからな」
桜木もマグカップを手に、深く頷く。
「非番だからといって無届で飲んで酔い潰れ、いざ出撃って時に神力が練れませんじゃ話にならん。だからまあ、うちの隊は特にそのへんの管理が厳しいんだが……まさか、そこまで下戸だったとはな」
「う……っ」
フレンチトーストを小さく口に運んでいた小早が、気まずそうに肩をすぼめた。
「私……まさか一口で自分の意識が飛ぶなんて思いませんでした……。神力のコントロールには自信があったのに……」
「いや小早、それは関係ないからな?」
俺が苦笑いしながらツッコミを入れると、隣で黙々と食べていた関が、ふっとフォークを止めて真剣な顔で小早に向き直った。
「……小早。これからは、俺がいないところでは絶対にお酒飲むなよ?」
「え……?」
真面目な顔で直球の言葉を投げかけられ、小早がきょとんとする。
「昨日みたいに一口で倒れられたら、周りに俺がいないと危険すぎる。誰に変な絡まれ方するかも分からないし……俺が隣にいる時限定にしてくれ」
過保護というか、独占欲というか、素でそういうことを言えてしまうのが関の恐ろしいところだ。恋人である前に同期として、ずっと背中を預け合ってきたからこその素直な言葉なのだろうが、言われた小早は「〜〜〜っ!」と顔を真っ赤にしてフレンチトーストの皿を凝視している。
「……関の言う通りだ」
腕を組んだ桜木が、低い声で深く同意した。
「酒に呑まれるタイプなのはよく分かった。敵の前で酔い潰れるよりはマシだが、普段の生活でも事故の元だ。お前は俺たちの目が届かない場所では、酒は一切禁止にする」
「桜木教官まで……」
教官ふたりと関のトリプルガードに挟まれ、小早は「私……そんなに弱いのか……」と、わかりやすくショックを受けたように肩を落として凹んでしまった。
「ははは! 凹むな小早! 酒が弱いのは悪いことじゃないさ。それに、守ってくれる騎士(関)が横にいるんだから、甘えておけばいいんだよ」
「な、中山教官までからかわないでくださいっ!」
プクッと頬を膨らませる小早と、照れくさそうに明後日の方向を向く関。
こんな平和で、くだらなくて、愛おしい日常こそが、俺たちが命がけで守りたかった「未来」なのだと、朝日の差し込むダイニングで心から実感していた。




