お姫様抱っこ
コース料理の最後のデザートと、ハタチのお祝いの特別なお酒を終えた頃、俺たちのテーブルの上の空気は、極上の甘さと温かな多幸感で満たされていた。
小早は、たった一口でとろんとした瞳になり、「一生忘れない……」と潤んだ目で笑顔を浮かべながら、そのまま静かに夢の中へと落ちていった。
一方の関といえば——。
じつは案外酒に強かったらしい。赤くなっていた顔色も一瞬で元通りになり、酔いつぶれるどころかシャッキリとしていた。神力の器(箱)の大きさと酒の強さは比例しないなんて小早を見て笑っていたが、こっちはこっちで「酔っても一切顔色に出ない」というタフなタイプだったようだ。
「……ふぅ。小早、完全に寝ちゃいましたね」
ビシッとセットした髪と、桜木に作らせた上質なダークネイビーのオーダースーツを身に纏った関が、困ったように、けれど愛おしくてたまらないという顔で、隣で呼吸を整えている小早を見つめた。
会計をスマートに済ませ、退店の時間となった。
ホテル側の配慮で配膳の調整やカトラリーの配慮をしてもらったおかげで、小早は右手の後遺症を気にすることもなく、最後まで心から食事を楽しめたようだ。
だが、問題はここからだった。
慣れないヒールを履いている小早は、酔っ払ってふにゃふにゃになった状態で歩けるわけがない。
「おい、関。小早をどうやって運ぶつもりだ?」
俺がそう尋ねると、関は一切の迷いなく、スッと小早の膝裏と背中に手を回した。
「……こうします」
次の瞬間、関は迷いのない動作で、小早の身体をふわりと抱き上げた。
いわゆる「お姫様抱っこ」の姿勢だ。
「……っ!? おい関、お前……っ」
隣で見ていた桜木が思わず絶句し、俺も目を見張った。
超高級ホテルの絢爛豪華なメインダイニング。周りには上品な身なりの客や、洗練されたサービスマンたちが大勢いる。ただでさえ、スタイル抜群のスーツ姿の男たち(しかも軍の広報でおなじみの中山隊)というだけで目立っているというのに、その中央で高身長のイケメンスーツ男が、綺麗なドレス姿の少女をお姫様抱っこして歩き出そうとしているのだ。
当然、周囲からの視線が一斉に集中する。
「あら、素敵……」「お姫様抱っこ!?」「あのカッコいい男の人、彼女さんを……!」
女性客たちからの黄色い悲鳴や羨望の眼差しが突き刺さる中、当の関はといえば、至って大真面目な顔でこうのたまった。
「小早、右手の怪我もあるし、慣れないヒールで転んだら危険ですから。俺が運ぶのが一番安全です」
「……いや、理由はごもっともだがな?」
俺は思わず手で顔を覆った。
「お前なぁ……相変わらず度胸があるんだか、世間体ってものを分かってないんだか……」
「……まったく、恥ずかしいやつだな」
桜木がぶっきらぼうに吐き捨てながらも、その口元は隠しきれない微笑みで緩んでいた。俺もまた、同じように「やれやれ」と苦笑いを漏らさざるを得なかった。
関の腕の中で、小早は「ん……せき……あたたかい……」と幸せそうに微笑みながら、関の首元にすっぽりと顔を埋めている。
周囲の好奇と称賛の視線を一身に浴びながら、堂々とした足取りでホテルのエントランスへと向かっていく関の背中。
その背中は、かつて天照隊からの出戻りや過去の痛みに引きずられ、居心地悪そうに肩をすぼめていたあの頃の青臭い少年のものではなかった。ドレスアップした大切なパートナーを真っ正面から受け止め、男として、そして一人の人間として彼女を守る覚悟を決めた、実に見事な「男の背中」だった。
安宅、みんな……見ているか
ホテルの重厚なドアを抜け、立川の心地よい夜風が頬を撫でる。
かつては死線の底を這いずり回っていた子どもたちが、失った仲間の面影を胸に抱きながら、こうして新しい一歩を踏み出し、堂々と自分たちの未来を歩いている。
「さあ、帰るぞ。家につくまでがお祝いだからな」
「はい、中山教官!」
眠る小早を落とさないよう、しっかりと、けれど優しく抱きかかえ直した関が、凛とした声で応える。
その不器用で、けれど世界で一番誇らしい教え子たちの背中を追いかけながら、俺と桜木は溢れるほどの親心と祝福を胸に抱き、静かに夜の街へと歩みを進めた。




