一生忘れない
超高級ホテルのメインダイニング。煌めくシャンデリアと素晴らしい夜景をバックに、コース料理の最後を飾るデザートと共に、お目当てのものが運ばれてきた。
今日の一番のメインイベント——小早と関の、20歳のお祝いの乾杯だ。
「お待たせいたしました。本日、ハタチのお誕生日のお祝いをお二人へ、当店からの特別なお祝いのグラスでございます」
ソムリエが恭しく差し出したのは、ほんのり桜色に色づいた、甘く華やかな香りのする特製のシャンパンだった。
「……っ、これ、お酒……ですか……!?」
小早がミッドナイトブルーのドレスの袖を少し気にしながら、丸い目をさらに見開いてグラスを見つめた。関もダークネイビーのスーツの襟元を緊張気味に正しながら、ゴクリと喉を鳴らしている。
「おう。20歳になったんだ、解禁だな」
隣で桜木がぶっきらぼうながら、どこか嬉しそうにグラスを持ち上げた。
「小早、関。命を繋いで、ここまで無事に大きくなってくれてありがとうな。20歳、本当におめでとう」
「おめでとう、二人とも」
「「……ありがとうございます!!」」
グラス同士が小さく繊細な音を奏でる。小早は小さく意を決したように息を吸うと、両手で大事そうにグラスを持ち、ほんの少しだけ口をつけた。
「……あ、甘くて、おいし……」
一口飲み込んだその瞬間だった。
ぽふっ、と効果音が聞こえてきそうな勢いで、小早の白い頬が一瞬で真っ赤に染まった。
「……えっ?」
グラスをテーブルに置いた途端、小早の瞳がトロンと潤み、体の軸がふにゃりと崩れかけた。
「おい、小早!? 大丈夫か!?」
……嘘だろ、一口でこれか!?
あまりの酒の弱さに、俺と桜木は同時に目を丸くした。
小早といえば、保有する神力の器(箱)の大きさで言えば軍でもトップクラス、戦闘中の神力消費量も桁外れの規格外だ。神力と酒の強さは比例するなんて聞いたことはないが、まさかここまであっけなく撃沈するとは。
「……ふふ、神力の箱がどれだけ大きくても、お酒の強さとは全く関係ないんだな」
俺が思わず吹き出すと、桜木も「……まったく、拍子抜けだな」と口元を緩め、やれやれと肩をすくめた。
当の小早はといえば、完全に酔いが回ってトロンとした甘い目つきになり、自分の胸元の『スノードロップ』の刺繍を大事そうになぞりながら、ふにゃりと柔らかく笑った。
「……えへへ……中山教官……桜木教官……関……」
しゃべり方まで、いつもより少し幼く、舌足らずになっている。
「私……今日のこと……一生、忘れないです……っ。みんなで……ドレス着て……スーツ着て……美味しくて……嬉しくて……っ」
潤んだ瞳からポロリと一粒の涙をこぼしながら、本当に幸せそうに「一生忘れない……」と何度も繰り返す小早。恋人である前に最高の同期である関の手を、ぎゅっと自分の両手で包み込みながら、まどろみの中へと溶けていきそうな笑顔を浮かべている。
その可憐で、健気で、あまりにも愛おしい姿を見つめながら——。
俺の胸の奥から、こみ上げてくる熱いものを抑えきれなくなった。
ボロボロになりながらも、俺たちが必死で繋ぎ止めてきた命が。
今、こうして目の前でハタチのお祝いを迎え、初めてのお酒に頬を染めて、「一生忘れない」と笑ってくれている。
「……そうか」
俺は静かに呟き、自分のグラスをそっと傾けた。
「俺たちも……一生忘れないよ、小早」
横を見ると、あの厳格でめったに感情を表に出さない桜木が、小さく背中を向け、目元を片手で覆いながら静かに深呼吸をしていた。感極まっているのを必死で隠そうとしているのだろうが、その背中からは溢れんばかりの愛おしさと安堵が滲み出ていた。
「関、お前も小早をしっかり支えてやれよ」
「……は、はいっ……! 俺、一生守りますから……っ」
関も赤くなった顔のまま、涙目になりながら小早の手を力強く握り返していた。
世間がどれだけ俺たちを英雄と呼ぼうが関係ない。
目の前で愛おしく笑い、少しずつ大人になっていくこの子どもたちの未来を、俺たちはどこまでも守り抜いていく。
シャンパンの泡が静かに揺れる特別な夜。
不器用で、けれど世界で一番温かい家族の絆に包まれながら、俺たちは深く、深く、胸を満たす感謝と誇らしさに浸っていた。




