見違えるほどに
お祝いの当日の朝。
レディースブティックで買い揃えたあのミッドナイトブルーのドレスが、静かにハンガーにかけられている。
中山と俺の同僚である女教官に頼み込み、小早のメイクを任せていた部屋のドアが開き、彼女たちが「桜木、あとは頼んだわよ」と笑いながら出て行った。普段はほとんどメイクなんてしない小早が、ほんのりと頬に紅を差し、薄桃色のリップを塗ってもらって、少し照れくさそうにそこに座っていた。
「……桜木、教官。あの……変じゃないでしょうか」
「変なもんか。……見違えたよ」
心からの言葉が、自然と口をついて出た。
かつては自分を「何にも出来ない出来損ない」と蔑み、怯えた小動物のように縮こまっていたあの少女が、今はこうして綺麗に装い、俺をまっすぐに見つめている。
「よし、仕上げだ。髪を結ってやるから、動くなよ」
「えっ、教官が結んでくれるんですか……!?」
驚く小早を椅子に座らせ、俺はドレッサーの前に立った。
ごつごつとした自分の大きな手が、彼女の繊細で柔らかい髪に触れる。解けないように、けれど痛ませないように、丁寧にブラシを通していく。神力の所作を教える時と同じように、指先の一つひとつに意識を集中させた。
鏡越しに見える小早の表情は、どこか緊張しながらも、嬉しさを隠しきれないように緩んでいる。
「……関が見たら、腰抜かすかもな」
思わず口元がほころび、そんな言葉がこぼれ落ちた。
「えっ!? 関が、ですか……? た、たぶん『似合わない』って言われます……」
「はは、言うわけがないだろう。あいつのあの惚れようを見ただろ。また茹で上がったタコみたいに顔を真っ赤にして固まるのが目に見えている」
鏡の中の小早が「もう、桜木教官まで……」と頬を染めて照れ笑いを浮かべる。
その愛くるしい笑顔を見つめながら、俺の胸の奥から、こみ上げてくる熱いものがあった。
視界がほんの少しだけ滲みそうになるのを、俺は必死で押し殺した。
あの日関内の件で刺され、血を吐いて俺の腕の中で意識を失った小早の姿が、脳裏をよぎる。
「小早が死んでしまう」と絶望し、病院のベッドで浅く苦しげな息を吐く彼女の手を、俺は祈るような心地でただ握り続けることしかできなかった。一時は肺の機能も右手の感覚も失われ、二度と空へは戻れないのではないかと、終わりの見えない暗闇を全員で這いずり回ったのだ。
そんな死線を幾度も潜り抜け、絶望を乗り越えて、今、こうして目の前でハタチのお祝いを迎え、綺麗に着飾って笑っている。こんなにも綺麗に、強く咲き誇っている。
手際よく髪をまとめ、胸元の刺繍と同じスノードロップをあしらった小さなヘアアクセサリーを挿し込む。
「……よし、できたぞ」
鏡の中で、ミッドナイトブルーのドレスに身を包み、見事に髪を結い上げられた美しい少女が、瞳を輝かせて自分を見つめていた。
「わぁ……! すごいです、桜木教官! まったく崩れてないし、すごく可愛いです……! ありがとうございます!」
立ち上がり、弾んだ声でくるりと一回転してみせる小早。
「……おう。大事な節目だ。世界で一番綺麗に仕上がったな」
ぶっきらぼうを装った声が、少しだけ震えてしまっていたかもしれない。
俺はあいつに悟られないよう、静かに背中を向け、小さく深呼吸をした。
教官として、そして親のような気持ちで彼らを見守ってきた月日が、この瞬間すべての報いとなって胸を満たしていく。
「さあ、早く着替えろ。中山も関も、主役の登場を首を長くして待ってるぞ」
「はいっ!」
溢れるほどの愛おしさと、溢れんばかりの祝福を胸に秘めて、俺は愛弟子の新しい一歩のために、静かに扉を開けた。




