有名税
店を出た俺の後ろから、完全に意気消沈した関が、へろへろの足取りでついてくる。
「……はあ……マジで死ぬかと思った……」
既製品で済ませようとしていたこの世間知らずの若僧に、最高級のウール生地と徹底的な採寸で「男の鎧」を叩き込んでやったのだから当然だ。仕上がりは数週間後だが、暗めのネイビーのスーツは、こいつのガタイの良さを極限まで引き立てるはずだ。
「だらしねぇ声を出すな。これくらいでバテてどうする」
ぶっきらぼうに小突くと、関は泣きそうな顔で鞄を握りしめていた。
そんな俺たちの姿を、フロアのベンチで待っていた中山と小早が見つけて、立ち上がった。
「おーい、二人とも終わったか?」
中山が手を振りながら歩み寄ってくる。その隣で、小早がミッドナイトブルーのドレスの紙袋を大事そうに抱え、ぱぁっと花が咲くような笑顔で関を見上げた。
「関! いいのあった? 私、関のスーツ姿って見たことないから、完成するのがすごく楽しみだなー!」
その瞬間、さっきまで死にかけていた関の顔が、一秒で晴れやかになる。
「あ……っ、まあな! 小早が楽しみにしてくれてるなら……俺も早く着たい、かもな……」
「ふふ、楽しみだね!」
さっきまでの限界っぷりはどこへ行ったのか、分かりやすく鼻の下を伸ばしてドギマギしている。……現金なやつだ。だがまあ、小早のあの屈託のない笑顔を見れば、関がスーツの完成を心待ちにする気持ちも分からなくはない。
ふと、周囲からの視線を感じた。
メンズフロアの店員や、すれ違う客たちが、チラチラとこちらを気にしている。
「ねえ、あの人たち……もしかして『中山隊』じゃない?」
「あっ、本当だ! 広報の冊子に載ってた桜木中佐だ……! 本物、すごく背が高くてカッコいい……!」
「あっちの背の高い若い男の人も、関中尉でしょ! 第二次九州北部大侵攻の時の……!」
ひそひそと囁き合う声が嫌でも耳に入ってくる。
まあ、無理もない。俺も関もこの体格だ、嫌でも目立つ。おまけに先の九州北部大侵攻での戦果が大きく取り上げられ、中山隊は今や軍の広報やメディアでも大々的に露出している。世間や上層部からは「英雄」だの「エース部隊」だのともてはやされ、どこへ行ってもこの手の視線がつきまとう。
「……まったく、これだから有名税ってやつは嫌なんだ
俺が露骨に不機嫌な顔をすると、中山が察したように苦笑いを浮かべ、さりげなく小早たちの前に立ちふさがるように歩幅を合わせた。
「はは、まあ勘弁してやってくれ、桜木。俺たちが思っている以上に、世間は『新生・中山隊』の活躍を期待してるってことだ」
「広報のパンフレットのモデルになった覚えはない。客寄せパンダじゃないんだから。」
ぶつぶつと文句を言いながらも、俺は周辺の人を横目で見た。
店員が俺たちの正体に気づき、少し緊張した面持ちで「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております」と深々と頭を下げて見送ってきた。
「行こうぜ。関のスーツが届いたら、次は4人でとびきり美味い店に飯でも食いに行くぞ」
「あ、いいですね! 桜木教官!」
「俺、肉がいいです!」
小早とはしゃぐ関の背中を押しつつ、俺は胸の中で静かに思った。
世間がどれだけ俺たちを英雄視しようが、俺のやるべきことは変わらない。
この頼もしく、そして最高に愛おしい教え子たちが、胸を張って新しい鎧を纏い、自分たちの足で未来の空へと飛翔できるように——この手で、どこまでも守り抜いてやるだけだ。




