関に贈る20歳のプレゼント
レディースブティックで買い物を済ませ、俺たちはそのままビルにあるメンズフロアへと足を向けた。
中山が小早のドレス代をスマートにカードで決済してみせ、小早が「えっ!? 中山教官!?」と驚いて恐縮していたが、あいつのあの態度は大人の男として正解だ。20歳のお祝いだ、教官(親)が払ってやるのは当然だろう。
問題は、俺の後ろを死んだ魚のような目でついてくるこの若僧——関だ。
スーツの1着も持っておらず、成人式にまで軍服で行ったなどというふざけた世間知らずをのたまうので、首根っこを掴んでメンズフロアまで引っ張ってきた。俺が向かったのは、フロアの奥に静かに店を構える、重厚な革と上質なウールの匂いが漂う老舗のオーダースーツ専門店だった。
「……ひ、ひっ……教官、ここ、すごく高そうなんですけど……! 俺、量販店の安い既製品で本当に十分です! というか軍服で……」
入口で店構えの気品に呑まれた関が、情けない声を上げて引き返そうとする。俺はそいつの襟首を逃がさず掴んだまま、低く短い声で制した。
「黙れ。逃げるな」
「教官……!」
「いらっしゃいませ、桜木様。本日も仕立てでございますか?」
奥から出てきた熟練のフィッターが、俺の顔を見て静かに一礼した。
「いや、今日は俺じゃない。この若僧のスーツを1着作ってやってくれ。体型の採寸から生地の選定まで、妥協なしで頼む」
「かしこまりました」
フィッターの男が職業的な笑みを浮かべて関に近づくと、関はまるで敵の全域強襲を受けたかのように全身を強張らせ、冷や汗をダラダラと流し始めた。
「え、あ、あの……! 俺、お金そんなに持ってなくて……!」
「心配するな、関。支払いは俺のカードだ」
「ええっ!? 桜木教官まで!? いや、そんなの申し訳なさすぎます!!」
「うるさい。大人の男なら、勝負服の1着や2着は持っておくのが嗜みだ」
俺が今身につけている私服のジャケットも、もう10年以上前にこの店で仕立てたオーダーメイドのものだ。軍人として日常的に体を鍛え上げている以上、歳を重ねても無駄な肉がつくことはない。良い生地と丁寧な縫製で作られた上質な服は、正しく手入れさえすれば、10年でも20年でも俺たちの体に馴染み、仕え続けてくれる。
安物を買い換えるのは貧乏人の浅知恵だ。本当に良いものを手入れしながら長く使う——それが俺の流儀であり、大人の生き方だ。
「いいか、関。軍服は『職務』の鎧だ。だが、お前がこれから隣に立つ小早は、お前の職場の上司でも部下でもない。ひとりの『女の子』として、特別な装いをしてお前と並ぼうとしているんだぞ」
「っ……!」
俺の言葉に、関の顔が再び茹で上がったタコのように赤くなった。
「ドレスアップしたパートナーの横を歩く男が、ただの作業着や軍服で済ませてどうする 。お前が格好をつけなくてどうするんだ。小早の覚悟と華やかさに、男として真っ正面から釣り合う服を着ろ。それが、相手に対する敬意というものだ」
関は言葉を失い、喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。
フィッターの手によってメジャーが肩幅、腕の長さ、胸囲へと当てられていく。
「お客様、素晴らしい体躯ですね。肩まわりと背筋の発達が素晴らしい。既製品では胸元や肩が突っ張ってしまい、美しいシルエットは出ないでしょう」
フィッターに褒められながらも、関は両腕を固直させたまま、困惑と緊張が混ざり合った顔で「は、はあ……」となすがままに採寸されている。
「生地はダークネイビーのウール100%。光沢を抑えた深い色合いにしろ。小早のあのミッドナイトブルーのドレスの隣に立った時、一番引き立て合える色だ」
「……かしこまりました。お連れ様の装いとの調和ですね。最高の仕立てにいたします」
フィッターが深く頷き、バンチブック(生地見本)を開いて見せる。
採寸台の上で、操り人形のように腕を上げ下げされている関の姿を見つめながら、俺は静かに胸の中で頷いていた。
関内……お前らがいたら『教官、相変わらず形から入りますね』って笑うかもしれないな。
だが、これでいい。
死線を潜り抜け、命を繋いだ若い二人が、互いを尊重し合い、胸を張って街を歩く。そのための「鎧」を授けることこそが、生き残った俺たち教官の、そして大人としての務めなのだから。
「よし、関。完成は数週間後だ。……その時は、ビシッと着こなしてみせろよ」
「……っ! はい! ありがとうございます、教官……!」
依然として顔を真っ赤にしたまま、困惑と感謝の入り混じった顔で頭を下げる関を見ながら、俺はほんの少しだけ口元を緩め、頼もしくなった教え子の肩をポンと強く叩いた。




