これがいい
ったく、どいつもこいつも……。
立川にあるレディースブティック。普段は硝煙と鉄の匂いしかしない俺たちの日常に、この眩いばかりの照明と香水の匂いは、ある意味で最前線より居心地が悪い。
「おい、関。お前さっきから口が開いてるぞ。締まりがねぇな」
俺がぶっきらぼうに指摘すると、関は顔を真っ赤にして「うぐっ……」と呻き、直立不動の姿勢に戻った。無理もない。試着室のカーテンの向こうでは、小早が着替えをしている最中だ。
どのドレスも似合っていたのだから仕方ないか。
しばらくして、カーテンが静かに開いた。
出てきた小早が身に纏っていたのは、深い夜空のようなミッドナイトブルーのドレスだった。 落ち着いた紺色の生地の裾や袖口には、小さな白い花の刺繍が繊細に散らされている。
「……これ、スノードロップ(雪待草)ですよね?」
小早が、自分の胸元の刺繍を指先でなぞりながら、ぱぁっと顔を輝かせた。右手の指先にはまだ微かな痺れが残っているはずだが、その動きは驚くほど優しげだ。 [
「教官たちが選んでくれた隊の花だから……私、これがいいです!」
嬉しそうにはにかむ小早を見て、隣にいた中山が、保護者のような顔をして眉を下げた。
「おいおい、小早。俺たちに気を遣って選んでるなら、無理はしなくていいんだぞ? もっとお前が本当に着たい、可愛い色とか柄とか……」
「いいえ、これがいいんです!これを着て、4人で歩きたいんです!」
強い意志を宿した瞳で即答され、中山は「そうか……」と、これ以上ないほど甘い顔をして折れた。 全く、中山のやつは昔から小早に甘い。安宅が生きていたら、今の光景を見て「教官、過保護ですよ」と笑っていたに違いない。
俺としては、小早にはもっとパッとしたオレンジや黄色の方が顔色が良く見えると思って用意していたんだが……まぁ、本人がここまで嬉しそうにしているなら、文句の付けようがない。
「……まぁ、派手さには欠けるが、その花言葉は『逆境の中の希望』だ。お前にはお似合いかもな」
ぶっきらぼうにそう告げると、小早は「えへへ」と、あの死線を彷徨っていた時期からは想像もできないような、年相応のあどけない笑顔を見せた。
で、問題はもう一人だ。
「おい、関。感想はどうした。さっきから一言も発してねぇぞ」
俺が肘で小突くと、関は耳まで真っ赤にして、茹で上がったタコのような顔で固まっていた。 さっきから小早の姿を凝視したまま、魂が抜けたように黙りこくっている。
……これだから若僧は
戦闘では首席卒業の天才的な動きを見せるくせに、ドレス姿のパートナーを前にして語彙力が死滅するとは、教育のし直しが必要だな。
「関、変……かな?」
不安げに小首を傾げる小早に、関は「……、……っ、すごく、似合ってる……」と、壊れた蓄音機のように絞り出すのが精一杯だったらしい。
「……よし、決まりだ。中山、さっさと会計済ませてくるぞ。これ以上ここにいたら、こいつ(関)が知恵熱で暴走しそうだ」
「はは、そうだな」
不器用な男二人の「反省会」を兼ねたこの買い物任務。隊の花を胸に宿して笑う小早と、それに見惚れる関の姿を見ながら、教官として、そして一人の大人として、彼らの新しい門出を静かに祝福していた。




