女子力高めな桜木
リハビリ室に差し込む午後の光は、あの日浴びた冷たい雨を忘れさせるほどに温かい。
俺は椅子に深く腰掛け、腹部の傷の疼きをやり過ごしながら、目の前で繰り広げられる「平和な戦い」を眺めていた。
3ヶ月もの入院生活で、小早の髪はずいぶん伸びていた。
リハビリ後の火照った顔で、彼女が不自由な左腕をかばいながら、邪魔そうに髪をまとめようとする。だが、神経の伝達が遅い右手の指先では、一本のゴムを操ることさえままならない。
呆れたように割って入ったのは、桜木だ。
あいつは無言で小早の背後に立つと、驚くほど手際よく、絡まった髪を指先でするりと解いていく。
「……昔、姉貴に『めんどくさいから髪乾かして』だの『可愛く結べ』だの、散々こき使われたからな」
苦々しく、ぶっきらぼうな口調。 だが、その大きな手は驚くほど繊細に動き、神力の所作にも通じる洗練された美しさで小早の髪を捌いていく。
ただ結ぶだけじゃない。あいつ、小早のサイドの髪を掬い上げると、手際よく何かを作り始めた。
なんだそれは。俺には構造すら分からんぞ。
俺が唖然として見守る中、桜木の手によって、小早の髪に魔法のような変化が起きていく。
病院という無機質な場所で、ずっとオシャレなんてする余裕もなかったあいつに、桜木なりの「女の子としての日常」を取り戻してやりたいという配慮なのだろう。
仕上がりは、驚くほど高レベルだった。キリッとした軍人としての佇まいの中に、ほんの少しの華やかさが添えられる。
「……よし。これで当分は崩れないだろ」
「ありがとうございます! 凄いです、教官……。朝よりもずっと、しっかり結ばれてます」
鏡を覗き込んだ小早が、この数ヶ月で一番明るい、年相応の柔らかな笑顔を見せた。
それを見て、隣の関が、これ以上ないほど悔しそうな、それでいて師匠の「女子力の高さ」に完敗したような、複雑な顔で固まっている。
「ははっ……! 桜木、お前そんな特技があったのか……っ、痛……っ!」
笑った拍子に傷口が激しく痛み、俺は目に涙を浮かべながら前かがみになった。
「中山、無理に笑うな。傷が開くぞ」と、桜木が呆れたような声をかけてくる。
だが、止まらなかった。
あの日散っていった教え子たちは、みんな小早がオシャレを楽しんで笑うような、そんな平和な未来を守りたかったはずだから。
「……おい関、そんなに落ち込むな。……頑張って、練習しような。俺も付き合う」
俺は痛む傷跡を押さえ、涙目のまま、隣で打ちひしがれている関の肩を空いている方の手で叩いた。
「中山、お前みたいな不器用な奴に関が教わっても、小早の髪が引きちぎれるだけだぞ」
桜木の容赦ないツッコミに、小早が「ふふっ」と噴き出し、リハビリ室に明るい笑い声が満ちる。
失われた時間は戻らないし、傷跡も消えない。
けれど、この小さな「編み込み」ひとつに救われる心がここにはある。
いつかまた4人で青空へ戻るその日まで、この不器用な男たちの「特訓」は、温かな日差しの中で続いていくのだろう。




