番外編:教官がまだ教官では無かった頃⑫
どんよりとした霧が脳内に立ち込めているような感覚は、あの日からずっと続いている。5人班のうち、俺と桜木の2人だけが生き残ってしまったという、拭い去れない罪悪感。
精神を病み、休職を余儀なくされてから、俺の時間はあの爆鳴と静寂の狭間で止まったままだった。
そんな俺の精神状態が、珍しく「比較的まし」だったある日のことだ。かつての恩師である日吉大佐から呼び出しを受けた。
他愛のない雑談をいくつか交わした後、大佐は穏やかな、けれど見透かすような目で俺を見つめた。
「中山、今も教官をしているんだが……俺の元で働かないか?」
「それは……俺に、教官になれということですか?」
今の俺に、誰かを導く資格なんてあるのだろうか。桜木以外の仲間すら守れなかった男が。
自嘲気味に問い返した俺に、大佐は首を振った。
「厳密にはアシスタントだ。教官になるかどうかは後で決めていい。ただ、お前や桜木が経験した、あの地獄のような経験を活かせる場所がある。どうだ?」
大佐の言葉に、ふと、あの白い病室で聞いた桜木の独白を思い出した。
あいつも「死に損ない」と罵られながら、公園で出会ったいじめられっ子の小僧を強くするために奔走していた。
桜木は、泥濘の中でも前を向こうとしていた。ならば、俺だけがいつまでもこの暗闇に留まっているわけにはいかない。
「……やらせていただきます」
答えは一つだった。
それから、アシスタントとして高校生年代の士官候補生たちの指導に当たる日々が始まった。
若く、まだ何の色にも染まっていない彼らの神力や、真っ直ぐな瞳。彼らを見ていると、不思議と鉛のように重かった身体が少しずつ軽くなっていくのを感じた。
「誰かの未来を守る」という実感が、「成長を共に喜べる」という明るさが、俺の精神を現世に繋ぎ止めてくれている。頑張れる、そう思えた。
けれど、心の奥底にある一番深い傷は、いまだに塞がっていない。
あの日、意識が混濁する中で桜木に放ってしまった「来るな」という拒絶の言葉。
あの時のあいつの、今にも泣き出しそうな顔が脳裏に焼き付いて離れない。
リハビリを続け、少しずつ前へ進んでいるつもりだ。だが、自分から突き放しておきながら、どの面を下げて連絡すればいいのか分からない。
「ごめんな、桜木……」
届くはずのない謝罪を、俺は今日も賑やかな訓練場の隅で、独り言のように飲み込み続けている。




