番外編:教官がまだ教官では無かった頃⑧
意識の底は、どこまでも深く、冷たい。
どれほど叫ぼうとしても、俺の身体は鉛のように重く、石のように固まったまま、指一本動かすことすら許されない。
遠く、霧の向こう側から、聞き慣れた桜木の声が聞こえる。
毎日、毎日、あいつは俺に語りかけてくる。だが、その声は日を追うごとに、かつての鋭さを失い、今にも折れてしまいそうなほど脆くなっていた。
桜木……。お前らしくないぞ。心配かけて、ごめんな……。
喉の奥まで出かかった言葉は、乾いた石のようになって音にならない。そんな俺の沈黙を、あいつは「拒絶」と受け取っているのだろうか。
「……中山。俺、もう神力使いをやめたいんだ」
震える声で漏らされたその言葉に、俺の魂が激しく揺れた。
やめるな。また一緒に飛ぼう!そう叫びたいのに、あいつの独白は止まらない。
「……俺だけが、生き残っちまったからな」
生き残り? 誰が死んだんだ?
あの日の爆鳴、閃光、そして俺が展開した強固なシールド……。
断片的な記憶が脳裏を掠めるが、結末が分からない。班長は? 他の仲間たちは? 嫌な予感が胸を締め付けるが、今の俺にはそれを確かめる術すらない。
そんな絶望に沈む桜木が、時折、少しだけ声を弾ませて話すことがあった。
近所の公園で見つけたという、いじめられていた「小僧」の話だ。
砂をかけられて泣いていた子供に、桜木が対人格闘の基礎を叩き込んでいるらしい。
昔から、あいつは効率的な訓練メニューを組むのが得意だった。 泥臭い基礎を大切にする桜木の指導なら、その"小僧"は間違いなく強くなるだろう。
だが、話を聞くたびに、俺の心には暗い影が落ちる。
桜木、俺は……お前に、使い手でいてほしいんだ。また二人で、あの空を舞いたいんだ……。
それは、俺のエゴなのだろうか。
仲間を救えず、相棒にシールドを押し付けて眠り続けている俺が、あいつを戦場に繋ぎ止めておきたいと願うのは、呪いと同じではないのか。
「俺、生き残っちゃったから」
その言葉に宿る自責の念の重さに、胸が潰れそうになる。
なぜやめたいのか、生き残りとはどういう意味なのか、聞きたいことは山ほどある。
けれど、今の俺がこうして死人のように横たわっている限り、桜木はあの日の地獄から一歩も前に進めない。
俺が、あいつを縛っているんだ。
俺が目を醒まさなければ、あいつは自分を許すことができない。
戻らなきゃ……。
暗闇の底で、俺は動かない指先に必死で力を込めようともがき続けた。
相棒の背負った「生き残りの罪」を半分引き受けるために、俺は、この沈黙の檻を打ち破らなければならない。




