番外編:教官がまだ教官では無かった頃⑦
あの白い病室で、中山に「もうここには来なくていい」と突き放されてから、俺は一度もあいつに連絡を取っていない。
あいつが何を思ってあんなことを言ったのか、考えるだけで胸の奥が冷たく疼く。俺に会いたくないのか、それとも俺という「過去」を切り捨てたいのか。どちらにせよ、仲間を死なせ、相棒をあんな姿にした「死に損ない」の俺には、あいつの隣に立つ資格なんて最初からなかったんだ。
そんな俺を現実に繋ぎ止めているのは、あの公園で小僧をしごき上げる時間だけだった。あの日、砂をかけられて泣いていた小僧と出会ってから、もう一年近くが経つ 。
だが、ある日のことだ。
約束の時間になっても、小僧が来ない。
今まで一度も遅れたことのなかった小僧の不在に、心臓が嫌な跳ね方をした。
何かあったのか? 事故か、怪我か、それとも……。
脳裏によぎるのは、あの日の爆鳴と、目の前で動かなくなった仲間たちの姿だ。大切なものが音もなく奪い去られる恐怖が蘇り、冷や汗が背中を伝う。
しばらくして、向こうから小僧が全力で走ってくる姿が見えた。
生きていた。その事実だけで安堵し、膝の力が抜けそうになるのを必死に抑えた。自分の動揺を悟られないよう、あえてぶっきらぼうな声を張り上げる。
「……いい度胸だな、小僧。俺を待たせるとは、どんなお仕置きをされたいんだ?」
少し脅かすつもりで言った言葉だったが、案に相違して小僧は肩をびくつかせ、真っ青な顔で立ち尽くしてしまった。その怯えた目を見て、俺は自分の「汚れた手」を意識せずにはいられなかった。
「……ごめんなさい。いじめられてた子を、助けてて……。その子と、友達になったんだ」
小僧は、照れくさそうに、けれど誇らしげにそう言った 。
あぁ、そうか。お前はもう、砂をかけられて泣くだけのガキじゃないんだな。
誰かのために手を差し伸べ、誰かの命を守る側に、お前はもう立っている。
「……子供の成長は早いもんだな」
一年という月日は、小僧を「助けられる側」から「人を助ける側」へと変えた。
だが、その眩しい成長を目の当たりにするたび、俺は自分が一歩も前に進めていないことを突きつけられる。
小僧は未来へ向かって走っている。なのに、俺はまだ、あの白い病室で中山に拒絶された瞬間のまま、暗闇に取り残されている。
見た目だけじゃなかったんだな。
小僧の真っ直ぐな瞳を直視できず、俺は視線を逸らした。
人を助ける側に成長したお前に、死の匂いしかしない俺が何を教えてやれるっていうんだ。
「中山……。お前の言った通り、俺はもう、ここには居ちゃいけない人間なのかもしれないな」
夕暮れの公園で、俺は自分の影がどこまでも長く、そしてどこか死人のように冷たく伸びているのを、ただぼんやりと見つめていた。




