番外編:教官がまだ教官では無かった頃⑥
無機質な機械音が一定のリズムで刻まれる、凍りついた病室。
視線の先には、いまだに無数の管に繋がれ、まるで醜いムカデに食われているかのように横たわる中山がいる。俺はあの日から、この死の静寂を打ち消すように、返事のないあいつに毎日毎日語りかけ続けてきた。
「……中山。あの公園の小僧、将来化けそうだぞ。……俺が人を教えるなんて、やっぱり変だよな?」
自嘲気味な笑いが漏れる。
班員4人を死なせ、お前をこんな姿にした俺のような「死に損ない」が、未来ある子供に稽古をつけている。滑稽だろ。
「なぁ、変だと言ってくれよ。……いつものように、笑ってくれよ。……いつまで寝てんだよ、クソ……っ」
視界が歪む。泣きそうになり、たまらず目を閉じた。意識のないお前の前で泣くなんて、友人としても男としても、最高に格好悪いことは分かっている。だが、もう限界だった。
「……変……じゃない……」
心臓が跳ね上がった。
待ちわびていた、けれどもう二度と聞けないかもしれないと絶望していたあの声。
恐る恐る目を開けると、そこには、わずかに瞼を持ち上げた中山がいた。
「……中山……! っ、おせーよ、馬鹿野郎……」
「おま……たせ……」
酸素マスクの向こうで、中山の声は掠れ、今にも消えてしまいそうだった。
俺はあいつの手に触れようとして、ふと口を噤んだ。伝えなきゃいけないことが山ほどある。だが、「俺たちが生き残り、他の仲間が全滅した」というあの地獄の結末だけは、目覚めたばかりのあいつに、どうしても言えなかった。
そんな俺の動揺を見透かしたように、中山は弱々しく、けれどどこか慈しむような微笑を浮かべた。
「小僧……くんは?」
「……聞こえてたのか?」
「全て……な」
あいつは昏睡の底で、俺の情けない独白をずっと聞いていたのだ。
俺は鼻をすすり、震える声で答えた。
「元気だよ。前より動きも良くなってる。力の使い方が分かれば、もうあいつがいじめられることもないだろう」
「桜木は……優しい……な」
違う。俺は優しくなんてない。ただ、お前がいない世界で、何かに縋っていなければ正気でいられなかっただけだ。
喉の奥まで出かかったその言葉を飲み込んでいると、中山が視線を天井へ戻した。
「……桜木」
「なんだ?」
「……もう、ここには無理して来なくていい」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
「……それは……俺に会いたくないってことか?」
「……桜木は、もう来なくていいんだ」
「なんでだ……!? おい、中山! なんでそんなこと……っ!」
叫んでいた。自分でも驚くほど情けない、間抜けな声だった。
真っ白な病室に、俺の叫びだけが虚しく響き渡る。
「だって桜木は……。」
中山は、それ以上何も答えなかった。
ただ静かに目を閉じ、深い眠りへと戻っていく。まるで、俺という「過去」を、その白い部屋の向こう側へと切り離すかのように。
繋ぎ止めていた唯一の鎖が、一番大切な親友の手によって断ち切られた感覚。
機械の駆動音だけが響く静寂の中、俺は差し伸べた手の行き場を失い、ただ冷たい空気の中で立ち尽くしていた。




