番外編:教官がまだ教官では無かった頃⑤
あの薄暗い公園で小僧に稽古をつけ始めてから、3週間が過ぎた。
「……はぁっ、はぁっ……!」
砂埃を舞わせながら動く小僧の姿に、俺は内心で舌を巻いていた。子供の吸収力というのは恐ろしい。最初はただがむしゃらだった動きが、今や無駄を削ぎ落とした軍人のそれへと変貌しつつあった。時折見せる反応の速さや身のこなしは、現役の兵士である俺が思わず目を剥くほどだ。
だが、俺はこいつに一つの鉄の掟を課している。
「いいか、小僧。ここで教えたことは、俺以外の誰にも使うな。たとえ相手がどんなに気に食わねぇ奴でもだ」
「……約束、だよね。お兄さん」
俺たちが扱っている技術は、本質的に「殺し」の延長線上にある国家機密だ。正規の訓練を受けた軍人が、民間人の、ましてや子供に知恵を授けたとなればただの不祥事では済まない。
何より、こいつの筋の良さは異常だ。今のこいつが本気で殴り合えば、相手のガキを血だらけにして病院送りにするなんて造作もないことだろう。
「お兄さん!」
訓練の合間、小僧が弾んだ声で駆け寄ってきた。
「なんだ?」
「学校でね、今日一度も殴られなかったんだ。あいつらの攻撃、全部、全部避けることができたよ!」
誇らしげに胸を張る小僧の瞳は、昨日までの屈辱に濡れたものとは別人のように輝いていた。急激な身体能力の向上と、それ以上に「自分を守れる」という自信が、こいつを内側から作り変えていた。
「……気を抜けばすぐに元通りだ。慢心せずに練習を続けろ」
「はいっ!」
元気な返事を聞きながら、俺はこいつの未来を幻視する。
この体幹、このセンス、この真っ直ぐな気性。自衛官、警察官、消防士……どれを目指したとしても、間違いなく人々の盾となれる逸材だ。
もし、こいつに「神力」という呪われた才能があれば――。
……いや、神力使いになんて、ならなくていい。
俺の脳裏に、あの爆鳴と、消えていった仲間の姿、そして今も病室でムカデのような管に繋がれている中山の姿がよぎる。
神力を持つということは、この理不尽な戦場の最前線に立たされるということだ。こんな真っ直ぐな目が、硝煙と返り血で濁る未来なんて見たくない。
もっと安全な場所で、誰かの生活を支える光になってほしい。
俺のように「死に損ない」と蔑まれることも、相棒の呼吸器の音に怯えることもない世界で生きてほしい。
「……中山、お前もそう思うだろ?」
夕暮れの空に向かって、届くはずのない問いかけを飲み込む。
俺は、目の前で汗を拭う小僧の未来が、どうか戦火から遠い場所にありますようにと、似合わない祈りを捧げていた。




