番外編:教官がまだ教官では無かった頃④
あの薄暗い公園で小僧をしごき上げた後、俺の足は自然と軍の病院へと向かう。これが、あの日以来の俺の「日課」になっていた。
病室に入ると、鼻をつく消毒液の匂いと共に、機械の規則的な駆動音だけが耳に刺さる。
ベッドの上で横たわる中山の身体には、相変わらず無数の細い管が這い回り、かろうじて生を繋ぎ止めていた。
「おい、中山。今日もあの小僧の訓練をしてきたぞ」
俺はパイプ椅子を引き寄せ、返事のないあいつに語りかける。
「あいつ、やっぱり筋がいい。今日は縄跳びをさせたんだが、体幹が全くブレねぇんだ。お前が見たら、またお人好しな顔で笑うんだろうな」
医師からは何度も説明を受けた。
「神力」というエネルギーは、現代の医学でも未だ全容が解明されていない。
過剰な出力の代償として訪れる「神力切れ」による昏睡には、今の医学にできることは何もないのだ。ただ、あいつの中に再び神力が満ち、自力で意識の浮上を果たすのを待つしかない。
「ご家族や親しい方々が声をかけ続けてあげてください。それが一番の刺激になりますから」
看護師たちは、気遣うような顔でそう言う。
だから俺は、あいつに毎日毎日、小僧のこと、基地の不満、どうでもいい日常の話を延々と聞かせ続けている。
「……おい、聞いてるのか」
だが、どれだけ言葉を尽くしても、どれだけあいつの冷え切った指先に触れても、返ってくるのは冷たい感触と、無機質な機械の電子音だけだ。
そこに横たわっているのは、かつて俺と背中を合わせ、笑って死地を潜り抜けてきた「中山」ではない。
ただの、静かに呼吸を繰り返すだけの「生ける屍」だ。
「……いつまで、俺に一人で喋らせるつもりだ。お前がいないと、コーヒーの味すら分からねぇだろ」
話し終えると、途端に部屋を支配する静寂が、鋭い刃物のように俺の胸を抉る。
俺がもっと強ければ、お前がこんな姿になるまで神力を絞り出す必要なんてなかったはずだ。
「さっさと起きろ。……置いていくなんて、許さねぇからな」
どれだけ語りかけても、俺の言葉はあいつの深い眠りの底に吸い込まれ、二度と反響してくることはない。
いつものように少しだけ濡れた中山の髪を撫で、俺は逃げるように病室を後にした。
背後で鳴り続ける心電図の音が、まるで俺を嘲笑っているかのように聞こえて、吐き気がした。




