初めて泣いた
廊下の自販機で買った飲み物と、食堂のおばちゃんが作ってくれた関の分の冷めたおにぎりを手に、静まり返った病室へ戻る。ベッドの上では、全身をチューブに繋がれた小早が、かすかに胸を上下させていた。
「関、お前もちゃんと食え。……ずっと、何も口にしていないだろ」
パイプ椅子に腰掛け、虚空を見つめていた関の肩に声をかける。振り返ったあいつの目は、光を失い、どこを見つめているのかさえ分からないほど濁っていた。カサついた唇から、聞き取れるかどうかの掠れた声が漏れる。
「……教官。俺……もう、軍人やっていけないかもしれないです」
その一言が、俺の胸に鋭いナイフのように突き刺さる。かつて「数年に一度の逸材」と称され、首席で卒業したあの関悠斗が、これほどまでに脆く、折れかけている。
「……そうか。そうだよな。安宅は、お前の無二の親友だったもんな」
「俺……ずっと、どこかで……安宅と小早と一緒にいられるのが当たり前だって、思ってて。……それが一瞬で崩れて、いまは小早すらいなくなりそうで……。こんなに怖いと思ったのは、生まれて初めてです。……俺って、本当に弱いですね」
震える声で吐き出される恐怖。あの日、立川の地獄で安宅を失い、今は小早の命まで消えようとしている。 三人で「最強のチーム」になると言われ、共に空を飛んでいたあの輝かしい日々が、今は遠い幻影のように関を追い詰めていた。
「……弱くねぇよ、関。俺だって同じだ」
俺は、自分の震える手を隠すように拳を握りしめた。
「俺もな……どこかでお前ら3人なら、どんな逆境も無事に乗り切れるって、慢心していたんだ。期待していたからこそ、あの日、お前ら3人だけで戦わせた……。誰かが悪いというなら、真っ先に教え子を死地に追いやった俺が一番悪いんだ。……実はな、俺も教官だけじゃなく、軍人そのものを辞めようかと考えながら動いていた時期があった」
あの日、安宅を、関内(弟)を、多くの生徒たちを殺した罪。 生き残った俺たちが、平然と軍服を着ていられるはずがなかった。ごめんな、関。ごめんな、小早。不甲斐ない大人たちのせいで、お前たちにこんな地獄を見せて。
「関は人間だからな……。怖いと思って当たり前だ。弱さがなければ、それはもう人間じゃない。……自分を責めるな」
俺がそう告げた瞬間、関の瞳から堪えきれなくなった大粒の涙が溢れ出した。エリートとして、戦士として、ずっと押し殺してきたはずの感情が、嗚咽となって溢れ出す。あいつがこんな風に声を上げて泣くのを、俺は初めて見た。
俺は、震えるあいつの背中を、ただ静かに、何度も、何度もさすり続けた。
今の俺にできるのは、こんな無力な慰めだけだ。お前たちから日常を奪い、笑顔を奪い、心までズタズタに引き裂いたのは、全部、俺達のせいなんだから。
冷え切った病室に、関の悲痛な泣き声と、小早の呼吸音だけが虚しく響き続けていた。




