灰色の世界
目を覚ました。だが、視界は灰色の靄がかかったようで、意識の輪郭がはっきりしない。やらなきゃいけないことは山ほどある。死者名簿の整理、遺族への対応、教え子たちの容態確認……。 だが、身体が、どうしても起き上がらない。心臓の奥に鉛を流し込まれたように重く、指先一つ動かすのにも、途方もない絶望と戦わなければならなかった。
這いずるようにしてなんとかトイレを済ませ、逃げるように自室のベッドに潜り込む。隣のベッドに、桜木の姿はない。
どれくらいの間、泥のような眠りに落ちていただろうか。窓から差し込む光はすでに高く、世界が残酷なほど明るいことに吐き気を覚える。
「……ただいま」
聞き慣れた低い声。顔を上げると、そこに立っていた桜木は、まるであの日の戦場で死を覚悟して突撃した時のような、空っぽで、それでいて今にも消えてしまいそうな顔をしていた。
「桜木……! どうした、何があった?」
俺の問いかけに、桜木は力なく首を振った。その瞳には、深い後悔の影がおちていた。
「俺、関に……酷いことを言ってしまった。自分の方が教官として何一つ出来ていないくせに」
掠れた声で語られたのは、生き残った唯一の教え子への、突き放すような言葉だった。「感傷的になっていたら軍人は出来ない」――。 だが、それは関に向けた刃であると同時に、自分自身を切り刻む言葉でもあった。
桜木は、言葉足らずだ。不器用すぎるほどに。
「軍人を辞めてくれ」……そう言いたかったのだろう。これ以上、あの地獄を生き延びた少年の心をすり減らしたくない。命のやり取りから遠い場所で、ただ普通に生きてほしい。 その願いが、呪いのような冷たい言葉となって溢れてしまったのだ。
俺たちは、どうしようもなく無力だった。
守ると誓った生徒たちのほとんどを死なせ、生き残った子にさえ、救いの一言もかけてやれない。
どちらからともなく、嗚咽が漏れた。
俺たちはベッドの上で、互いの不甲斐なさと、背負いきれない罪悪感に身を焼きながら、数時間の間、ただみっともなく泣き続けた。 大人の、教官としてのプライドなんてものは、あの日、生徒たちの悲鳴と共に瓦礫の下に埋もれて消えていた。
明日にはようやく他基地からの応援が増え、俺たちにしかできない仕事以外は任せられるようになるという。 強制的な「休み」が与えられる。だが、休んだところでこの胸を抉る後悔が消えるわけではない。
泣き疲れて、死んだように眠りについた桜木を置いて、俺はふらつく足取りで小早の部屋に向かった。
薄暗い病室。薄い小早の呼吸音だけが、「生」を刻んでいる。
小早は、あの日からずっと何も口にしていない。細い腕に繋がれた点滴だけが、あいつの身体をこの世に繋ぎ止めている唯一の糸だった。
「……小早……ごめんな。……本当に、不甲斐ない俺たちで、ごめんな……」
青白い肌、やつれ果てた頬。かつてのびのびと空を舞っていた面影はどこにもない。 暗闇のなか、滴り落ちる点滴の雫を見つめながら、俺はただ、終わりのない夜の底に立ち尽くしていた。




