不整脈
「……あれ……?」
視界に飛び込んできたのは、あまりにも白すぎる天井だった。
意識の輪郭がひどく曖昧で、自分がなぜここに横たわっているのか、すぐには思い出せない。鼻を突く消毒液の匂いと、一定のリズムで刻まれる電子音だけが、ここが病院であることを告げていた。
「中山教官。分かりますか?」
頭上から降ってきたのは、聞き慣れない看護師の声だ。その声は膜を隔てた向こう側のように、ひどく遠く、ぼんやりと響く。
「はい……」
掠れた声を出すだけで、喉の奥が焼けるように痛んだ。視線をわずかに落とすと、自分の左腕に伸びる細いチューブが目に入る。……点滴か。
「ストレス性の不整脈です。ここ最近、あまりにも忙しすぎたのでしょう。それに、ご自身の傷口の治療も、きちんとされていませんでしたね。……無理がたたって、傷口が開きかけていましたよ」
看護師の淡々とした説明を、俺は他人事のように聞いていた。
そうか、不整脈か。あの鳴り止まない電話や、積み上がる死者名簿を処理していた俺の心臓は、いつの間にか限界を迎えていたらしい。 自分の傷なんて、消毒液をぶっかけて適当に包帯を巻けばそれでいいと思っていた。安宅達の死に比べれば、俺の身体に空いた穴なんて、取るに足らないものだと信じていたから。
「とにかく、今日は休んでください」
「すみません……」
また、謝ってしまった。不甲斐ない自分に。誰かを守らなければならない立場なのに、真っ先に脱落してしまった俺の無力さに。
「あと、最近はまともに眠れていなかったと聞きました。点滴に睡眠薬を入れておきますね。……お大事に」
看護師の手によって、透明な袋から新たな液体が流れ込んでくる。
俺はただ呆然と、チューブを伝って一滴、また一滴と落ちていく雫を眺めていた。その規則正しいリズムを見つめているうちに、重い鉛を流し込まれたかのように思考が濁っていく。
……小早、悪いな。……少しだけ、先に寝るぞ…
薄れゆく意識のなかで、まだ蒼白な顔で眠り続けているであろう教え子の姿を思い浮かべながら、俺は抗いがたい闇の底へと沈み込んでいった。




