もうだめかも
退院したあとの生活を見据え、リハビリの内容を一つでも多く自分の中に刻んでおこうと、俺は時間を作っては小早や中山のリハビリに顔を出している。
今日は、小早が右手のスプリントを外し、初めて自分の意思で指を動かす訓練に臨む日だった。
「……動かない……っ」
激しい神経痛と裂傷の痛みに苦悶の表情を歪ませ、額から大粒の脂汗を流しながら、小早はわずかに指先をぴくりとさせただけでそう呟いた。
「王子さん! 麻痺の重さを考えれば、初日でここまで動かせる人はいません。十分すぎるほど動けてますよ!」
周囲が明るい声で励まそうと響くが、今の小早にそんな言葉が届くはずもなく、その瞳は絶望に沈んだまま浮かない顔をしていた。
「……小早。焦るな、1歩ずつだ」
絞り出すように声をかけると、彼女は悔しさを飲み込むように、ただ黙ってこくりと頷いた。
その後は、理学療法士の補助を受けながら、ベッドの横に初めて立位をとる訓練へと移る。
ゆっくりと上体を起こして足を下ろし、全体重を支えて立ち上がろうとした瞬間、小早は激しい眩暈と血圧低下に襲われたのか、思わず右手で口元を抑え、全身から冷や汗を噴き出させた。
「小早、1秒でいい……! 踏ん張れ……っ」
歯をくいしばり、全身をブルブルと震わせながら、それでも彼女はわずか30秒ほどだろうか、自力でその両足を床につけて立ち続けた。
――あの日、あの病院のベッドで、俺の腕の中でみるみる体温が失われ、どんどん身体が重くなって呼吸すら消えかけていった小早の姿が脳裏によみがえる。
よく耐えた、よく頑張ったと言い聞かせてやりたい。だが、目の前の小早は、思い通りにならない自分の肉体に絶望し、悔しそうに自分の唇を痛いほど噛み締めていた。
夜になり、病室の静けさの中で「今日のリハビリはどうだった」と尋ねると、彼女は震える声でこうこぼした。
「私……もう、だめですね……」
「そんなこと……。生死の境をさまよって、ずっと寝たきりだったんだ。すぐに以前のように動けないのは、当然だろう」
涙を潤ませたその瞳から目を逸らさぬよう、俺はそっと彼女に布団をかけ直す。
「桜木教官……私、本当に、元の身体に戻りますかね……?」
「……分からない。だが、そう戻れるように、俺が一緒に進んでやる」
その言葉を聞いた瞬間、耐えていた糸がプツリと切れたように、小早はまるで堰を切ったかのように声を上げて泣きじゃくった。
まだ肺の機能も回復しきっておらず、肺活量も下がったままの身体でそんなことをすれば、胸腔の傷が激しく痛み、呼吸困難に陥るはずなのに。
痛みに身悶えしながら泣きじゃくる小早の小さな身体をしっかりと支えながら、俺はただその背中を不器用に摩り続けた。
小早は震える左手で、痛いほど強く、俺の服の袖をぎゅっと掴み離さなかった。




