カンファレンス
小早が襲われてからちょうど1週間。医師や医療スタッフを集めた、小早のリハビリテーション実施計画カンファレンスが開かれた。
そこで冷酷に告げられたのは、目を背けたくなるような現実の数々だった。
呼吸器系は、自力での酸素化は安定しているものの、肺挫傷の痕が線維化して硬くなり始めており、現在の肺活量は受傷前の60%程度にまで落ち込んでいる。高地での活動や激しい戦闘には到底耐えられない状態だった。
左肩は刺創による組織の癒着が始まっており、このまま放置すれば腕が上がらなくなるため、強めの可動域訓練が不可欠だという。
右手は腱の再建手術自体は成功したものの、神経(正中・尺骨)の伝達速度が著しく遅く、強いしびれや麻痺が残るため、現時点での複雑な操作は一切不可能だった。
頭では、生きているだけで奇跡なのだと言い聞かせている。それなのに、医者の口から一つずつ突きつけられる絶望的な数値と現実に、まるで後頭部を鈍器で殴られたような眩暈に襲われた。
続いて、理学療法(PT)の過酷な計画が淡々と読み上げられる。
まずは身体の土台作りからだ。呼吸苦による息切れを細かくコントロールしながら心肺機能を戻すために負荷をかけていく「病棟内の歩行自立」を目指すという。そして、左肩の拘縮を防ぐため「痛みを伴うが、積極的なストレッチを開始する」と告げられた。
作業療法(OT)の計画は、生活と戦いへの復帰を視野に入れた痛々しいものだった。
右手: スプリントという装具の中で、自分の力で動かす愛護的な自動運動から開始し、まずは「握る」という基本動作を目標にする。
感覚再教育: 麻痺による違和感を脳に正しく再認識させるため、綿、木、金属といった様々な素材を患部に触れさせる過酷な訓練を導入する。
日常生活: 食事や着替えなど、利き手を奪われた彼女のために左手主体で行うための代償動作の指導も並行して行われる。
あまりにも過酷なリハビリの内容を聞いているうちに、こんなボロボロの身体と心で、今の小早に一体どれだけの耐性があるというのかと、胸が締め付けられるような不安がこみ上げてきた。
「……あの、数日前に、本人から『死なせて』と言われました……。今の彼女の精神状態で、こんな過酷なリハビリに耐えられるとは思えません」
絞り出すようにそう伝えると、担当の看護師は曇った表情で頷いた。
「患者ご本人に強い絶望感が見られますので、リハビリへの意欲が完全に失われてしまわないよう、精神科医との連携も早急に検討します」
「……お願いします。ちなみに、軍への復帰目処は、現状どのようにお考えですか」
問うた俺に、医師はカルテから目を離さず非情な宣告を落とした。
『戦力』としての即時復帰は絶対不可能。最低でも2ヶ月の入院が必要であり、その後は軍の専用リハビリ施設へ転院するとしても、半年以上の長期リハビリ期間が不可欠となる。神力そのものへの直接的な不可逆的影響はないものの、それを現実に発現させる肉体の精度が追いつかない期間が長く続く――。
あの空を縦横無尽に駆けていた小早から、すべてを奪っていく残酷な時間だけが、ただ冷たく流れていた。




