尊厳を守る
せん妄状態やICUサイコーシス(集中治療室症候群)を防ぐため、1日わずか15分間だけ、俺と関の面会が許可された。
受傷後3日目に奇跡的に意識を取り戻した小早だったが、脳と身体にはまだ強い鎮静と混乱の余波が残っており、その瞳はどこか焦点が定まらないまま、人工呼吸器の規則的な送気音に合わせて機械的に胸を上下させていた。チューブの自己抜去を防ぎ、気道やルートを保護するため、両手はミトンなどでベッドの柵に優しく固定されている。その拘束された痛々しい姿を直視しているだけで、胸が締め付けられるように痛む。
「……小早……」
関が震える手で、チューブの繋がっていない彼女の左手をそっと包み込むように撫でる。
その微かな温もりに小早はわずかに反応したものの、自発呼吸のたびに胸腔内圧が変化し、損傷した肺胞や胸膜にガラスの破片が突き刺さるような激しい裂傷痛が走るのだろう。声を発する余裕すらないらしく、ただ苦悶に歪んだ眼差しだけを関の方へと向けていた。
周囲のICUでは、絶え間なく鳴り響く生命維持装置の警告音や、医療スタッフたちの慌ただしい足音が、ただでさえ張り詰めた俺たちの神経をさらに急かしていく。
「ゆっくり休んで、まずは回復に専念してくれ。……小早が戻ってくる場所は、俺たちが絶対に守っているから」
そう絞り出す関の顔は、今にも泣き出しそうにぐしゃぐしゃに歪んでいた。
その不安を煽るような表情に、小早の眉間に微かな恐怖のシワが寄ったため、俺はそっと彼女の頭に手を置き、不器用にその髪を撫でた。
制限時間の15分は、焦燥と絶望のなかでは残酷なほど短く、そして永遠のように長かった。
病院の駐車場に戻り、無言で車の運転席に乗り込むと、助手席に座った関は肺の底から絞り出すような深い溜息を吐き出した。
「関、お前は大丈夫か……?」
「……はい」
掠れた短い返事があったが、その顔色の悪さと震える肩を見る限り、何一つ大丈夫なはずなどなかった。
あの日、あの病院の敷地に小早も座っていたというのに。俺がほんのわずかに目を離してしまったその隙に、あんな惨劇を招いてしまった。結局のところ、これはすべて俺の油断と失態が生んだものだ。
「教官……小早は、以前のように元に戻るんですか……?」
「……分からない」
ハンドルを握る手に自然と力がこもる。
重度の多発外傷および肺挫傷、さらには長期臥床による廃用症候群のリスク。たとえ生命の危機を脱したとしても、かつてのように肉体を思い通りに動かせなくなる可能性は十分にある。神力自体の回路に直接的な不可逆損傷がなかったとしても、それを現実に発現させる「器」である肉体に慢性的な障害や可動域の制限が残るのであれば、これまでの戦い方を根本から変えざるを得ない。
小早の持ち味だった、あの伸びやかで美しい飛行軌道や、緻密で繊細な技の数々が脳裏をよぎる。
手や腕の神経・筋組織に後遺症が残れば、神力をコントロールして展開する際にも、決定的な違和感やタイムラグが生じるはずだ。痛みをこらえて無理やり肉体を酷使し続ければ、戦闘中に致命的な隙を生むか、あるいは慢性疼痛に苦しみながら戦場に立ち続けることになる。
生きていてくれた。ただそれだけで本来なら胸をなで下ろすべきなのに。
これから小早が突きつけられる絶望的な現実と、選手生命、いや戦闘員としての過酷なリハビリの壁を想像するたびに、いっそあのまま昏睡のなかに逝かせてやった方が、彼女の尊厳を守れたのではないかという、身勝手で悍ましい逃避の思考が脳裏をかすめ、俺の心を深く抉った。




