不思議な懐かしさ
――あれっ。俺は今、何をしようとしていたんだっけ。
朦朧とする意識のまま、教官室の窓から外を眺める。
どこまでも抜けるような、見事な青空だった。
きっと、うちの班員たちは今頃中庭で自主練に励んでいるだろう。ちょうど手が空いたことだし、少し顔を出して訓練でもつけてやろうか。
中庭へと続く廊下を歩きながら、すれ違う学生や同僚たちのざわめきを聞く。毎日聞き慣れているはずのその声が、やけに遠く、そしてひどく懐かしく感じられた。
不思議な感覚だなと思いながら中庭に足を踏み入れると、緑の芝生の上で、班員たちが輪になって他愛のない談笑をしていた。
「お前たち、休憩中か?」
「あ、教官!」
声をかけると、安宅にもたれかかるようにして、小早がスースーと気持ちよさそうに眠っているのが目に入った。
「なんだ、小早は寝てしまったのか。」
「そうなんです。教官、小早を寮まで連れて帰ってもらえますか?」
なんで俺が。安宅がそのまま送っても……。そう思いかけ、女子寮の門限や決まりを思い出して口を開きかける。
「女子寮に送りづらいなら、誰か他の女性教官を呼んで……」
「――教官も、一緒に帰らないとダメですよ」
俺の言葉を遮り、安宅がまっすぐで真剣な目を向けてくる。
なんだ? 言葉にはできない、底知れない違和感が胸をざわつかせる。戸惑う俺に重ねるように、他の班員たちも次々と声を重ねてきた。
「そもそも、教官はここに本来いちゃいけないはずだから」
「どういうことだ……? 俺は、立川士官学校の教員で、お前たちの……」
そこまで言って、言葉が喉に詰まった。
――お前たち、は。
そうだ。死んだはずだ。
小早以外の全員が、あの地獄の戦闘で、もうこの世にいない。
「やっと思い出しましたね」
安宅が、腕の中で眠る小早の体をそっとこちらへ差し出してきた。
「ちょっと待て……小早は? それなら、どうしてここに小早までいるんだ?」
「小早も、教官と同じですよ。こっちとの境界線に、もう片足を突っ込んでしまっている」
「僕らじゃ、小早を向こう側に連れ戻してやることはできないからさ」
「だから教官、ちゃんと小早を連れて、あっちへ帰ってあげてください」
小早だけでなく、お前たちも一緒に……そう言いかけた言葉を、ぐっと飲み込む。俺の表情からすべてを察したのだろう、安宅は切なそうに、けれどどこか吹っ切れたような笑みを浮かべた。
「すみません、先にいってますね。……教官と小早は、ゆっくりこっちに来てください」
その言葉を合図にしたかのように、目の前の景色が音を立てて急激に暗転した。
「――中山……お願いだから、小早と一緒に戻ってきてくれ」
暗い。底冷えするように寒い。周囲の方向すらまったく分からない。
だけど、聞こえた。今、俺を呼ぶ桜木の声がした。あの声のする方へ進めばいいんだと、不思議と直感で理解する。
走れ。早く戻らなければ。
まだ、やり残したことも、伝えなければいけない言葉もたくさんある。
そうだ、小早たちのことだけじゃない。俺は今、関内の妹に不意打ちで刺されて、あの病院のベッドの上で生死の境をさまよっているんだ。
――あの妹にも、ちゃんと兄たちの最期を話して聞かせなければならなかった。
まともなお別れもできないまま、ただでさえ過酷で残酷な現実だけを突きつけられたら、あんな幼い子が耐えられるわけがない。受け止められるわけがないだろう。
昔、兄と一緒に両親に甘えて、無邪気に笑いながら駆け寄ってきた小さな姿を、薄っすらと覚えている。一日にして、たったふたりの家族を同時に失ったのだ。軍の冷たい報告書の文字だけで、納得できるはずがなかったんだ。
小早の小さな体をしっかりと抱え込みながら暗闇の中を駆け抜けると、ふいに視界の先が真っ白に開けた。
――まぶしい。思わず、ぐっと目を細めた。




