望まぬ未来
小早が眠りについたのを確認し、俺は静かに車を降りた。
長丁場になるのは確実だ。大阪での過酷な任務と移動続きで、小早の様子を見る限りろくにまともな食事も摂っていなかったに違いない。眠っているその肩をそっとトントンと軽く叩いてから、夜の静まり返った病院内のコンビニへと足を向けた。
夜の病院というのは、どうしてこうも独特の重苦しい空気が漂うのか。
ふと背筋に走る悪寒を無視しながら廊下を進む。コツコツと、自分の靴音だけが無機質に冷たい床に響いていた。
――そういえば、中山を襲った関内の妹の行方は、今も警察が必死に捜索しているらしいが、いまだに見つかっていないという。
コンビニの明るい明かりの下で棚の品物を選びながら、俺の脳裏には自然と、あの関内兄弟の姿が蘇っていた。
あいつらは、とにかく運動神経が抜群だった。ボルダリングやパルクールなんてものも得意としていて、兄のほうはよく「桜木教官! 神力使いとしては大したことないかもしれませんが、見てください、俺こんなこともできるんすよ!」と、嬉しそうにアクロバティックな身のこなしを見せてくれたものだ。
関が見せるような派手な神力の爆発力とは違う。関内兄弟は体がとにかくしなやかで、空中で神力を展開する時もその並外れた運動神経の良さをそのまま活かしていた。その華やかな身のこなしは卒業後も各方面から引く手あまたで、複数の部隊から欲しがられていた才能だった。
「小早、こうやって体を捻れば神力を使わなくても攻撃を避けられるんだよ」
中庭で中山班が自主練をしていた時、弟のほうが小早の面倒を熱心に見ていた姿も鮮明に思い出す。
「桜木教官、うちの弟がよく王子のことを話してくるんですよ。妹みたいに素直で、分からないことをたくさん聞いてくるって、やけに可愛がっててさ。ちょっと俺、嫉妬するっすよね」
兄のほうはそう言って、わざとらしく不貞腐れてみせたりもしていた。
二人とも後輩の面倒見が驚くほど良かった。だからこそ下からの人望も厚く、あいつらは将来、俺たちのような士官学校の教官にも向いている――本気でそう思っていたんだ。
あの日、関内兄弟はいつものように食堂の窓際の席で朝ごはんを食べていたという。
背後で突如起きた爆発。その衝撃に反応が遅れた兄は、逃れる間もなく即死だった。
咄嗟に身を翻し、何発かの弾丸を紙一重で避けた弟は、すぐ隣で兄が二度と動かなくなった光景をその目に焼き付けたはずだ。
その直後、弟の方も戦闘の最中に敵弾を受けた。全身の骨が何ヶ所以も砕け、折れた肋骨が肺を突き刺していたという。呼吸をするたびに血が溢れ、どれほど苦しかったことか。それでもあいつは、激痛に顔を歪めながらも、崩れゆく中で必死に後輩たちを鼓舞していた。「動ける人は応戦を! けが人を急いで運んでくれ!」と、血を吐きながら声を張り上げていたあの最後の叫びを、俺は今でもはっきりと覚えている。
遺族である妹が俺たちを恨むのは、当然だ。一生かけて呪われ続けたって文句は言えない。それでも――。
「……お前の兄貴たちは、こんなこと望ちゃいねぇだろ……」
コンビニの商品の入ったビニール袋がカサリと乾いた音を立て、自分の足音と混ざり合う。夜の闇に溶けて消えていったその絞り出すような独り言は、誰に届くこともなく、ただ重く冷たい病院の廊下に沈んでいった。




