回顧:コーヒーと座談
「お疲れー。これから行っていいか?」
「今からかよ。すぐにコーヒーは入れられねえぞ」
受話器越しにそう言いながらも、手は自然と湯を沸かす準備を始めていた。コーヒーを飲みに来いと誘ったのは俺だが、こんなに急に来るとは思わない。あったのはインスタントの瓶だけだ。これじゃあ満足なもてなしもできないなと思いながら湯を沸かしていると、やがて戸を叩く中山の足音が聞こえてきた。
「インスタントで少し味は落ちるが、まあ、これはこれで悪くねえぞ」
湯気立つマグカップを差し出すと、中山は静かにそれを受け取った。
「……ありがとう。今日、小早と関は映画に行っているそうだ」
カップに口を付けるなり、中山がぽつりとそんな話を切り出した。
「へぇ……。デートか」
「関に言わせれば、そういうのとは違うんだとよ」
「どう見たってデートだろ」
「だよなあ」
ふっと乾いた笑いが零れる。それきり言葉は途切れたが、不思議と気まずさはなかった。昔の泥沼のような日々を思えば、こうして他愛のない冗談を交わしながら、ただ静かに流れる時間はひどく穏やかだった。
「……久しぶりだな。こうして2人でゆっくりコーヒーを飲むなんて」
「そうだな」
「今度は突然じゃなくて、ちゃんと豆を挽いて美味いやつを入れてやるよ」
「……ああ、楽しみにしてる」
取り留めのない会話の端々に、生き残った者同士の静かな安堵が滲む。張り詰めていた糸がようやく緩むような、穏やかな時間だった。




