絶望と憎悪の連鎖
「桜木教官っ!」
立川基地の医療区画の廊下に響き渡ったその声に、俺は顔を上げる。そこに立っていたのは、青ざめた顔で息を切らせる関だった。
小早のみ臨時で大阪に出張中であり、関は最初から立川に残って今日はパトロール任務についていたのだ。
一刻を争う事態を聞きつけ、慌ててここに駆けつけたのだろう。普段は冷静沈着な関が、恐怖と動揺を隠しきれずに震えている。
「関……。」
「あの……中山教官は……?」
「治療中だ。」
血の気が引いたように関の瞳孔が揺らぐ。その唇がかすかに震え、絞り出すように言葉が漏れた。
「なんで……関内の妹に……。」
俺は重く息を吐き出し、冷え切った廊下の壁に背中を預けた。頭の芯が痛む。
「遺族は恨むだろうな。二人とも卒業間近で、安全なはずの学校で殺されたんだから。報告書を見たが、あの日、関内の弟の方はまだ息がある内に遺体安置所に運ばれたらしい。」
関の喉が鳴り、小さく息を呑む音が聞こえた。
あの日は負傷者が溢れかえっていた。助からない見込みの生徒は早々に運び出さなければベッドは足りず、重症の生徒を手術台に乗せることすらできなかったはずだ。俺自身も重傷を負い、誰かが死んで空けたベッドでようやく治療を受けた身だ。あの現場の修羅場を思い返せば、関内の弟と同じ立場になっていたのは、俺や中山であっても何らおかしくなかった。
関は覚悟を決めたようにぎゅっと拳を握りしめ、痛切な視線を俺に向けた。その顔には、長年避けてきた十字架を自らの意志で直視しようとする、凄まじい決意の色が浮かんでいる。
「……兄の方の関内しか俺はあまり関わってきませんでしたが、兄の方の最後はどうだったんですか?」
関は関なりに深いトラウマを抱えているのか、これまで同じ班の班員の最期について聞いてきたことは一度もなかった。だからこそ、その質問の重みが痛いほど胸に突き刺さる。
「食堂で、瓦礫の中から見つかったよ。……多分、即死だっただろうと。」
「関内……。あいつも、食堂にいたのか。」
呟いた関の声が微かに震えていた。
そうだ。あの時、関も、安宅も、食堂にいた。そして関内兄弟も、俺や中山の班員たちも――。あの状況下で生き残った者がいれば、命を落とした者もいた。きっと、あの場所にいたほとんどの生徒が同じ運命の瀬戸際に立たされていたのだ。
中山が今、手術室の扉の向こうで生死の境をさまよっている。関内家の妹が抱えた絶望と憎悪の連鎖が、俺たちの日常を容赦なく切り裂いていく。恐怖と後悔が混ざり合う暗闇の中で、俺はただ、中山の無事を祈りながら拳を強く握り締めるしかなかった。




