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教官ふたりのお出かけ

今日は桜木がコーヒーを飲みに連れて行ってくれると言っていた。楽しみだな……!

そんな微かな高揚感を胸に抱きつつも、現実の俺たちはといえば、非番が重なることはそもそも稀だった。でも中山隊が正式に発足されてからこうやって休みが被ることも増え、以前よりもよく一緒にいる気がする。二人とも私生活で外へ出歩くような趣味などないのだが。だから、非番の日であっても一日中、自室や基地から一歩も出ずに静かに過ごすことなんて日常茶飯事だった。

「あの…!」

不意に声をかけられ、足を止める。振り返ると、そこに立っていたのは中学生ぐらいの少年だった。あどけなさが残る顔立ちだが、どこか切羽詰まった空気をまとっている。

「どうされました?」

「立川基地に行きたいんです!」

「ご家族の面談ですか?」

「いえ…会いたい人がいて!」

一般の人間を安易に通すわけにはいかない。家族以外の立ち入りは厳格に制限されているが、少年の様子を見るに何か切実な事情がありそうだった。ここで無下に突き放すわけにもいかない。

「どなたに会いたいのですか?」

「桜木中佐って居ますか?」

隊員のスケジュールや非番の情報を、部外者に安易に教えるわけにはいかない。まずは落ち着かせて、正規の手続きを踏ませるために軍の受付へ案内しようと判断した。

「非番情報は分からないので、受付に案内しますね」

そう言って少年に背中を向け、一歩を踏み出そうとした瞬間――。

背後から、腹部をえぐられるような鈍い熱さが広がった。……これは!

「ぐっ……なんで……」

反射的に見下ろした腹部には、すでに深く突き立てられた刃物の柄が見えていた。信じがたい光景に思考が凍りつく。

「あなたは中山中佐ですよね? 兄がお世話になりました。関内の”妹”です。覚えてますよね?」

関内……? あ、あの子の家族……? 記憶の糸を必死に手繰り寄せる。確かあの時、関内の妹はもっと髪が長かったはずだ。そのわずかな違和感と混乱の最中、頭を掠めたのは、かつて中山班と桜木班に所属していた双子の兄弟のことだった。士官学校が襲われたあの日に二人とも命を落としたはずだ。

「あっ……」

少年にナイフを引き抜かれ、弾かれたように咄嗟にその場に跪く。傷口からとめどなくあふれ出る温かい液体が、服を黒く濡らしていく。

「桜木教官でも良かったけど、中山教官が丁度いて良かった。兄さん達を死なせて、自分達はのうのうと軍にいると聞いたから、許せなくて……」

彼女の歪んだ顔を見つめながら、背筋に冷たいものが走る。そうだ、あの時、関内(弟)が……。

腹部から這い上がる激痛は時間を追うごとに鈍く、そして重く内臓を抉るような重圧に変わっていく。呼吸が浅くなり、視界の端がチカチカと白濁していく。

――連絡しなきゃ……。桜木に、この異常を……。

震える手でポケットにスマートフォンを伸ばした、その瞬間。

「あグッ……!」

容赦なく、今度は右胸を背後から突き刺される。軍人としての鍛え抜かれた肉体であっても、もはや立っていることはできずにたまらず地に臥した。アスファルトの冷たさが顔に突き刺さる。

「そうだ、ちょうどいいや。桜木教官呼んでいいですよ?」

冷笑混じりの声が頭の上から降ってくる。

くっそ……! 相手は一般の子供だ。こちらが軍人であっても、相手に致命的な反撃を加えるわけにはいかない。しかもここは、基地から少し離れた人気のない路地。人通りがほとんどないこの場所では、声を上げても誰も気づいてくれない……。

意識が薄れゆく中、ポケットにつっこんだ指先で手探りに端末のボタンを押し、何とか軍へと内線を繋ごうともがく。

「関内の…兄達の恨みを晴らせると…思った?」

「この期に及んで説教? 兄はまだ生きてたのに、遺体安置所に連れてかれた。そうでしょ? あなたの名前もある報告書見た。辛かっただろうに。兄さん達の味わった辛さなんて、あなたに味合わせることは出来ない。だってその前に、あんたは死んだらおしまいなんだから」

冷え切った言葉を吐き捨てられ、次の瞬間、激しい衝撃とともに身体を蹴り飛ばされて無理やり仰向けに転がされる。

ドクン、ドクン、と耳の奥で心臓がけたたましい音を立て、これ以上ないほどの危険信号を鳴らし続けている。視界の真上に、冷たく光るナイフがゆっくりと近づいてくるのが見えた。

「これで終わり。バイバイ。さっさと先に地獄に落ちてろ」

殺意を込めて高く振り上げられたナイフが、容赦なく私の首元へと狙いを定められた、その刹那――。

「きゃああああ!!!―――」

路地の向こうから、通りすがりの通行人の悲鳴が鋭く響き渡った。

「ちっ…!」

「待てっ……!」

声にならない声を絞り出そうとするが、声帯が震えるだけで息が続かない。立てない……。出血多量で、手足の感覚が急速に失われていく。

「だ、大丈夫ですか……っ!?」

「きゅ…うきゅうしゃを―――!」

遠くで誰かの必死の声色が聞こえたのを最後に、俺の意識は急激に暗い底へと沈んでいった。


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