一希、帰ろう
朝日が昇る前の、刺すような冷気が立ち込める廊下。安置室の重い扉の前に、安宅のご両親が立っていた。
俺が担当していた班の班長であり、誰よりもリーダーシップがあり、関や小早をまとめ上げていた、俺の自慢の教え子。
本来なら、首席で卒業してこの国の未来を背負うはずだった逸材。それを、俺が、あの日の自分の指示が殺したのだ。
震える手で何度も書き直した「死者名簿」の重みが、今も指先に残っている。
ご両親の前に立ち、俺は言葉を失ったまま、ただ深く、深く頭を下げることしかできなかった。俺の肺の奥に溜まった謝罪の言葉は、あまりにも軽薄で、吐き出すことすら憚られた。
沈黙を破ったのは、安宅のお父様の、静かだが刃のように鋭い声だった。
「……生き残ったあの子たちは、悪くない。それは分かっています」
お父様は一度、言葉を詰まらせ、俺を真っ直ぐに見据えた。その瞳に宿る深い絶望と怒りに、俺の心臓は握りつぶされるような痛みを覚える。
「ですが、あなた方を許すことは一生ありません。どんなに言葉を尽くされ、どれほど謝られたところで……あの子が、息子が帰ってくるわけではないのだから」
「許さない」という断罪の言葉が、俺の全身を貫いた。
反論なんてあるはずがない。言い訳なんて浮かびもしない。
生徒たちの特性を見分け、彼らの「器(箱)」の形まで知り尽くしていたはずの俺が、その器が砕け散るのをただ見ていることしかできなかったのだ。
あの日、俺が仮眠をとっていなければ。俺が二人に現場へ向かうよう指示を出さなければ。
「……申し訳、ございませんでした……」
喉の奥から絞り出した声は、地面に吸い込まれて消えた。
やがて、準備が整った。
あんなに頼もしく、勇敢だった安宅は、今はもう物言わぬ、あまりにも冷たい身体となって、小さな棺の中に収まっている。
「一希、帰ろう」
お母様の嗚咽を乗せて、車が静かに動き出す。
朝靄の中、俺たちの「希望」であったはずの安宅は、家族と共に静かに、立川の学び舎から去っていった。
俺は、遠ざかっていく車の後ろ姿を、ただ直立不動で見送るしかなかった。
遺族からの「許さない」という言葉と混ざり合い、俺の魂を真っ黒な罪悪感で塗り潰していった。
立川の空は、あの日と同じように、残酷なほど青く澄み渡ろうとしていた。




