緊張が走る
九州戦線での死闘から数週間が過ぎたものの、警戒態勢が完全に解除されたわけではない。
二日ごとに当直が回ってくる緊迫した空気の中、漆黒の夜を押し破るようにけたたましい警報音が基地内に鳴り響いた。
『緊急指令。島根県沖合に敵影が発生。広島基地、福岡第二基地はただちに迎撃準備を開始せよ』
飛び起き、素早く隊服に袖を通す。
階下に降りると、すでに出撃準備を整えていた関が、苦々しい表情で私の腕を見つめていた。
「小早……お前も出動なのか?」
「非常時の緊急指令は、怪我人だろうと免除にならないから……」
骨折した左腕のギプスの上から、戦闘補佐隊で特別に用意してもらった強固な固定器具を締め上げる。激痛が走るが、顔には出さない。その上から、念のためにあつらえてもらった大きめの隊服を羽織った。
「……無理すんなよ」
「無理は、なるべくしない。ただ……戦場で動けないと足引っ張りになるから、固定しただけ」
痛みを押し殺して短く返すと、明光隊の全員が集結し、司令からの簡潔なブリーフィングが始まった。
「島根沖にて、飛行型の単体個体を地元の漁師が目撃した。今回は明光隊全員に出撃してもらう」
「分かりました」
「布陣の詳細は、王子中尉と相原軍曹で協議して決定してくれ」
司令の言葉に、鴨居先輩が隠そうともせず露骨に不満そうな顔を浮かべる。だが、戦闘補佐隊としての私の役割には、こうして前線での作戦指揮や相談役も含まれている。文句を言わせる隙は与えない。
まずは相原先輩が口を開いた。
「先頭の第一陣は、攻撃手に関中尉と私。援護手に王子中尉と鴨居伍長。第二陣は、攻撃手に菊名伍長と成瀬二等兵、援護手に南野一等兵。殿は片倉上等兵……これが、いつもの訓練に近い形かと思いますが、いかがでしょうか?」
「うん。紫陽、殿をよろしくね」
「はい!」
相原先輩の案に紫陽(片倉)先輩が頷いた時、菊名先輩が絶妙なタイミングで声を挟んでくれた。
「小早。これだと二列目の防御が手薄すぎない? そもそも二列編成にするより、陣形そのものを組み直した方がいいと思うんだけど」
「……はい。その通りだと思います」
私は怪我をしていない右手で戦況図を指し示し、静かに、だが全員に聞こえる凛とした声で代案を提示した。
「横一列の陣形に変更します。右から順に【王子、関中尉、相原軍曹、鴨居伍長】。その背後の二列目右から【成瀬二等兵、南野一等兵、菊名伍長】と並べます。
この配置なら、最右翼の私が実戦経験の浅い成瀬二等兵まで広域防衛カバーに入れます。相当なイレギュラーがない限り、成瀬二等兵が直接最前線に晒されるリスクはありません。
万が一、関中尉が撃墜された場合は後方の南野一等兵がラインに入れば維持できます。……私が撃墜された場合も、南野一等兵に援護へ回ってもらいます。
また、南野一等兵は衛生(救護)も兼任しているため、最初から純粋な援護手として最前線で消耗させるのは戦術的に得策ではありません。この配置であれば、相原軍曹と菊名伍長の位置を柔軟に交代させることができ、二人の神力負担を大幅に軽減できます」
一息で説明を終えると、室内に「なるほど」と納得する静寂が広がった。
私の提案した陣形に異論を挟める者は、もう誰一人としていなかった。
「……よし、その案でいく。各自、速やかに配置につけ!」
司令の合図とともに、私たちは夜の冷たい空へと飛び立った。
腕の激痛を意識の奥へと押し込めながら、私は右腕の刃を固く握り直し、未だ見ぬ島根沖の暗闇を見据えた。




