声にならない悲鳴
病室に漂う重苦しい消毒液の匂いと、一定のリズムで刻まれる心拍音。俺は、点滴の管に繋がれ、苦しげに横たわる相棒の姿をただ見つめていた。頭部を強く打ち、腹部を深く抉られた桜木の顔は、シーツの色と同じくらい真っ白だった。
「中山っ……」
不意に、掠れた声が静寂を破った。目を覚ました桜木が、必死に上体を起こそうとする。
「桜木、どうだ?」
俺は慌ててその肩に手を添えた。自分の腕に巻かれた包帯が引き攣り、鈍い痛みが走るが、そんなことはどうでもよかった。
「……はぁっ……動けねぇな……」
「傷が開くから動くな」
俺は震える手で、あいつの体に毛布をかけ直した。鏡を見なくても分かる。今の俺の顔は、ひどくやつれ、目の下には消えない隈が深く刻まれているはずだ。あの夜から、一晩中机にかじりついていた事務作業の疲れも、教え子たちの生死を確認し続けた絶望も、すべてが毒のように体に溜まっていた。
「でも……お前……寝てない……だろ」
桜木の鋭い視線が、俺の誤魔化しようのない疲労を射抜く。
「まあ……そうだけど」
俺は視線を落とした。眠れるわけがない。目を閉じれば、安宅や関内、そしてあの冷たい瓦礫の下で消えていった多くの教え子たちの顔が、血の幻影となって追いかけてくるのだ。 教官でありながら、彼らの未来を守れなかった俺に、休息なんて許されるはずがなかった。
「寝ろ……ここなら……大丈夫だ。お前だって……怪我人だろ」
桜木が、動かない腕でベッドの端を弱々しく、ぽんぽんと叩いた。
そのあまりにも無防備な優しさに、俺の心の堤防が音を立てて崩れた。
促されるまま、俺は桜木のベッドの端に顔を埋めた。
瞬間、喉の奥から熱い塊がせり上がってくる。
「――っ……、……っ……!」
嗚咽が漏れそうになる。だが、教官である俺が、ましてや重傷を負っている相棒の前で、弱音を吐き散らすことなんて許されない。
俺は、溢れ出しそうな「声にならない悲鳴」を無理やり布団に押し付け、必死に殺した。
すまない……。助けられなくて、ごめんな……
安宅、関内、みんな……。
布団に染み込んでいく涙は、失った教え子たちの冷たさを思い出させた。
俺の背中を、桜木の手が静かに、ただ静かに摩っている。その重みだけが、地獄のような後悔のなかに沈み込む俺を、辛うじて現世に繋ぎ止める唯一の標だった。




