楓
降りしきる雨が全身を濡らし、皮膚の表面から急速に体温を奪っていく。
重度の貧血と毒素から回復したばかりの体には、この冷たさが鉛のように重く響いていた。
そんな折、無線越しに緊急指令が入った。
福岡第二基地から、明光隊の残存メンバー(鴨居先輩、菊名先輩、夏純)が前線へ向かっているという。
戦況に応じて各隊に招集がかかっているらしく、今日この場で完全に押し返すことまではできずとも、前線線を持ちこたえさえすれば、まだ九州全域に望みは繋がる。
……だが、押され気味である絶望的な状況には変わりがなかった。
「……本部からの指令だ。南野一等兵はただちに救護班のサポートへ回ってくれ。これより負傷者をA1ポイントへ集結させる。その移動の援護は片倉上等兵が担当してくれ」
教官の冷たい指示に対し、相原先輩の引き締まった声が返る。
「明光隊、了解しました。片倉、南野を向かわせます。……紫陽、楓、行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
指示を受けた二人が陣形を離れ、雨の空へと飛び出そうとした、その時だった。
「片倉先輩、南野、行ってらっしゃい。……あっ、南野!」
私は思わず呼び止めていた。振り返った彼女に対し、胸の奥の照れくささと切なさを必死に押し殺しながら、小さく言葉を言い直す。
「……楓、行ってらっしゃい」
中学時代の苦い確執も、あの言葉の擦れ違いも越えて——今、同じ空で生きている大切な「友達」へ贈る言葉。
南野……楓は一瞬驚いたように目を見開くと、雨の中でくすりと愛おしそうに笑った。
「うん、行ってくるね!」
そのまま迷いのない足取りで飛び去っていく楓の後ろ姿を見送りながら、私は自分の言った言葉の気恥ずかしさに、雨で冷え切った頬がほんのり熱くなるのを感じていた。
だが、安らぎは一瞬だった。
周囲を覆う漆黒の雨雲と、不気味に蠢く“ヤツ”の気配が、容赦なく私を激痛と戦慄の前線へと引き戻す。
私は唇を噛み締め、濡れた右腕の刃を暗雲に向けて強く構え直した。




