死の淵を覗いた女
そこから数日がたち、小早は無事に退院を果たした。
驚異的な回復力で身体を立て直し、今では以前のように普通に空を飛べるまでに戻っている。
だが、安堵する時間など与えられなかった。
九州各地へ派遣されていた他基地の部隊は、あらかじめ定められていた滞在期間の満了を迎え、人員交代のために次々とそれぞれの基地へと帰還していった。
あれほどひしめいていた増援の影が消え、前線の戦力は著しく落ち込んでいる。
桜木もまた、士官学校をこれ以上留守にするわけにはいかず、教え子たちの元へ帰っていった。
「中山、小早を頼んだぞ。……あまり無茶をさせるな」
去り際、残された俺の肩を強く叩いた桜木の顔には、深い懸念が陰っていた。
残されたのは、俺と、関、そして小早をはじめとする立川基地の面々だけだ。
俺たちは人員不足を埋めるため、あと一週間、この不気味な沈黙を保つ敵と対峙し続けなければならない。
訓練場の空を静かに舞う小早の背中を見上げる。
傷は塞がり、動きに衰えはない。だが——急激に肉体を回復させ、何事もなかったかのように前線へ戻ってきたあいつの佇まいは、どこかあまりにも静かで、歪だった。
……本当に、大丈夫なのか……?
喉の奥に不吉な塊が落ちていくような感覚が消えない。
九州の全容はいまだ見えず、動きを止めた“ヤツ”の集団がいつ再び牙を剥くかもわからない。
人員が激減し、援護の薄くなったこの戦場で、一度死の淵を覗いた小早が、再び己の命を削るような無茶を犯さないという保証はどこにもなかった。
忍び寄る再戦の気配と、いつ壊れてもおかしくない教え子の精神状態に、俺は重苦しい焦燥感を抱いたまま、茜色に染まる空を見つめ続けていた。




