一、悪い予感の信用度
ここから本編です。
その日、朝起きた時からいつもより薄暗い空だった。
雨は降りそうにないけれど、天気が悪い以外に何かが起きる気がする、そんな空模様。
曇り空は珍しくはないし最近は悪い噂も絶えないのだからと、胸騒ぎを無視して寝床を出た。
だって予感はあくまでも予感で、気のせいかもしれないし……なんて思っていたのを後悔するのは、やっぱりいつも事が起きてからだった。
「気にしないでね」
「本当にありがとう……っ」
隠して持っていたお金は、家を出てすぐに倒れていた知り合いに渡してしまった。
久々に本当に持ち金がなくなったからか、隠しポケットがスースーして心なしか服も軽い気がする。
いや、店へ行けば昨日の買取のお金がもらえるし、自分の朝食より顔見知りが行き倒れている方が困るからね。
後悔はしていないし、しないけれど、何となく拭えない違和感のようなものが気がかりで。
そんな考え事をしていたからか、いつも以上にうっかり美味しい匂いに気を取られて。
いつもの道だからと物陰に注意を払わず、裏道へ足を踏み入れたことだけは本当によくなかった。
「っ、?!」
突然、頭が強く揺れた。
殴られたのか、なんて考える間も無い。
じゃり、と小さな石が体のどこかを傷つける痛みよりも、立ちくらみのように視界がただぐるりと回転し、息苦しいという状態に思考が持って行かれた。
どくり、どくり、と脈を打つ体とは裏腹に体温が急激に下がり、空気を吸う感覚がない。
おかしい、水なんてどこにもないのに、まるで本当に溺れたかのように苦しくて……
*
「んで、予想外の反応に物理的に意識を奪ったってトコロだな」
目が覚めるなり丁寧に診察をしてきたおじさんは、ネグと名乗った。
ぼんやりと曇る思考と、重だるい体。
顔か、声か、どこか覚えがあるような気がするけれど、衝撃が抜けきらないのか思考が上手く回らない。
少し首を捻りつつ、続けられた診察結果へ耳を傾けた。
「魔法の影響は多少残ってるダろうが、肉体にハ打ち身も擦り傷もねェから安心しナ」
「死んだかと思いました」
「ハッ、あながち間違いじゃねェナ。ありゃ拷問用の魔法だゼ」
眠らされる前に感じた苦しみは、拷問に使われるような精神魔法の影響らしい。
経験した中での一番の苦痛を呼び起こすもので、精神的な傷を負わせて魔力を乱すために使われることが多いとか。
「もし魔法が使えるんならやめといた方がいい。後遺症が残るかもしれねぇ」
「わかりました」
幸か不幸か、まだ魔法は使えない。
それならよかったと胸を撫で下ろしかけた直後、気休めのまじないもやめておいたほうが良いと言われる。
「……気休めでもですか?」
「暴走してあらぬ反応が起きテ四肢が爆散するかもしれねェが、それでもいいンなら使いゃイイ」
「えっ」
「うそダ」
「怖いこと言わないでください!」
「ヒヒッ」
ひとまず、感覚が戻るまでは魔法の類は一切厳禁。
爆散はしないとは言え、無理に使おうとすればどんな症状がでるかは分からない。
五体満足で魔法を扱いたいのなら、不便があっても使うべきではないと言われれば頷くしかない。
治癒などの外部干渉も避けておくべきだと言われ、影響がなくなるまでは怪我さえも気をつけなければいけない絶対安静だと真剣な表情で言われる。
「……何もできないじゃないですか」
「何もさせないための拷問魔法だからなァ」
魔法を使わないで何かする気だったのか?とでもいいたげな顔でニタニタと笑うネグを横目に、必死でを表情を整える。
いつまで経っても鳴り止まない警鐘は。もう気にしないことにしよう。
死にかける以上の悪いことなんてあってたまるものか。
どうせいつもの勘違いだろうと目を逸らし、耳を塞いだ。
けれど、攫われる前よりも激しく鳴り響く警鐘は、まるで次こそは本当に命に危険があるとでも言っている気がしてならなかった。
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