十、知らない天井は何度目か
目が覚めたらまた知らない場所だった。
夢は最悪で、喚きたいくらいに酷くて、重苦しい感情が溢れすぎて息ができなくて。
「っ、………は」
ガバリと起きるはずが想定外の痛みで動けず、見開いた目が近くにいた使用人らしき人を認識すると同時に、人の存在に驚きすぎて夢のことは一瞬にして忘れた。
「お嬢様!」
「ぅ、?」
「っルーエン様に連絡をして参ります」
誰?なんて言葉は声にならず、開きかけた口は驚きで跳ねさせた体の痛みでうめき声を発する。
酷い怪我をした覚えは全くないのに、どうしてかうめき声を出すだけでも全身にびりびりと痛みが走る。
ふと、ここに来る前の記憶がほとんど思い出せないことに気がついて、ドクリと心臓が嫌な音を立てた。
まずい、いや大丈夫、だい、じょうぶ?
遠くへ攫われた様子はないし、危ない気配もない。
落ち着いたら記憶を掘り返して、………。
痛みを堪えて動かした視界で見えたのは、綺麗な布団と清潔で簡素な、けれども気品と財力を感じさせるような部屋。
その時に、部屋まだ使用人らしい人がいることに気がついた。
いつからいたのか……絶対ずっと居たに違いない安定した姿勢のまま、視線だけがこちらに向いていた。
気づかずに全力で蠢いているのをみられていたようで恥ずかしい。
そう思って逸らそうとした視線は、外れる直前でバッチリところじゃなくがっつり交差した。
気のせいだと誤魔化すには遅かったらしい、驚きの速さで近づいてくる。
静かに蠢く人間を不憫に思ったのか、こちらの意を汲んで慌てて体を起こすのに手を貸してくれ……いや、完全に彼女一人の力で体を起こしてくれた。
「ぁりがとう、ござい、ます」
「いいえ、体は大丈夫かしら。おばちゃん世話焼きだから鬱陶しいかもしれないけど、何かあったら何でも言ってちょうだい。一人で無理はしないでね」
おばちゃんと言うにはあまりにも上品で、柔らかくやさしく喋る女性。
内緒話でもいいわよ、と片目をパチリとさせるお茶目さは、おばちゃまと呼んでしまいたくなる可愛らしさがある。
「でも、そうね。聞きたいことがたくさんあるでしょうから、疲れていなければあなたがここへ運ばれてきたところからお話ししましょうか?」
「ぜひ、おねがい、します」
目線が高いと大変でしょうから、とベットの横に椅子に座ったおばちゃまはマーレと名乗り、心配そうにしながらも話をしてくれた。
屋敷の主人が奇妙な気配を追った後、血まみれな私を発見。
腕には手当てはあるものの塞がっていない深い刺し傷、全身には真新しい擦り傷。
事情が分かるまでは保護、悪化しない限り治癒士を呼ばないこと。
現在は運ばれてきてから丸二日眠り続け、三日目の昼前。
「あんなにお願いされたのは、おばちゃんがこのお屋敷を任されて以来なのよ。もう何年前になるかしら……」
甘えるのが下手な子なの、と言いながら寂しいような嬉しいような、そんな表情で目を細める。
と、ふと話を止めて表情を整えて席を立ったマーレは、扉の方へと向かってそのまま手をかけた。
「おかえりなさいませ」
「ん。やっと目が覚めたってー?」
かちゃという静かな開閉の音と共に、知っている声が聞こえてきた。
想像通り、マーレ越しにこちらを覗こうとするフードの男はカロズの店で会う怪しい男で間違いなかった。
怪我人への配慮がないのか、元々そういうものなのか、威圧感は無いもののこちらに向けられる視線はいつもと変わらない。
「ぼっちゃま」
「えー、無理はさせないよー?」
「それもですが、そうではありません。お客様はそろそろお食事の時間ですし、ぼっちゃまもしばらく何も食べていらっしゃらないではないですか」
えー、と引き下がらない姿勢を見せた怪しい男の口を塞いだのは、カシャというお皿が触れるような音と共に漂う美味しい匂いだった。
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