九、一番の問題は何か
一つため息が聞こえたかと思うと、残った一人がこちらへ来るのがわかった。
未だ眠るレオの横顔を見つつ、固まる体を警戒のために無理やり動かす。
静かに身を起こして待っていると、ベットを囲っていたヴェールが捲られて男と目が合った。
「……子どもか?」
想定外だったのか、声も顔も先ほどとは違って純粋な驚きの色があった。
すぐに取り繕うあたり貴族らしいけれど、じっくりとこちらを見定めるように向けられる視線は客を選ぶ商人のようにも思える。
「ふむ、レオルド様のお気に入りか。アレも偶にはいい仕事をするな……おい娘。その方にわずかでも傷をつけたらお前の命はないと思え」
返事のいらない命令だったらしく、そのまま部屋を出て行った男。
扉が閉まる音まできっちり聞いてから、やっとまともに呼吸ができる気がした。
「はぁ……、っ?!」
かと思えば次の息を吸う前に再び扉が開かれ、見知らぬ女性たちが部屋に入ってきてはあれよあれよという間にレオから離されて、いつの間にか別の部屋へ運ばれ服も替えられた。
抵抗する間も、レオが起きるほどの物音も無く、すごい早業で驚きの言葉も出ない。
「で、コレが例の外の子どもか?随分と弱そうだが、ちゃんと人質にできるんだろうな」
最終的に連れてこられた先にいたのは、先ほど怒鳴っていた声の持ち主。
先ほどとは違って落ち着い話してはいるものの、どこかイラついているようにも聞こえる。
落とされるように床に転がされ、何の配慮もなく縛られている腕の傷が余計に痛み、おまけに猿轡と目隠しまでされているせいで正面も分からず怖い。
人の気配はするのに、目隠しの布が耳を擦る音のせいで耳を澄ませても分からない。
向けられる視線に敵意がないのはよかったけれど、正直愉快ではない視線が複数向けられているせいで、針を刺されているような気分になる。
「は、はいぃ。間違いなく、最近雇われている外の者が知る子どもだと……」
「コレがあやつらの知り合いだと?」
「噂では影のものたちは子どもを大切にしてるとか……元々外の住民らしいですし、」
「もういい。さっさと洗脳して外へ向かわせろ」
「わ、っかりました。失礼しますぅぅ」
貴族らしい男がこちらを見なくなったのか、ぎしりと椅子が軋む音と共に、刺さりそうなほど強く向けられていた視線がなくなった気がした。
再び雑に持ち上げられ、運ばれる。
前の方からボソボソと震え声ではありつつ確実な不満が聞こえてきて、怯えたように喋る男の後に続いて部屋の外へ連れ出されたらしいと分かった。
荷物のように脇に抱えられているらしい、前に殴られたお腹の痛みがぶり返してきた気がする。
その後、しばらく歩かないうちにどこかへ着いたらしい。
足が止まると同時に雑に床に降ろされ、湿気っぽい匂いが鼻の奥を刺激し、じゃりりとした地面の感触が体半分に伝わって。
「ひひっ」
ガシャ、と鉄の扉が閉まるような音が後ろから聞こえ………そこからの記憶はない。
*
ぐしゃ、がりっ、ぷちぷち、ぶつん。
そんな音はどこから聞こえて、いつ聞いたのだろう。
骨が折れて、肉が切れて、水とは違う何かが地面に落ちる音がした。
ここじゃないどこかかもしれないし、何よりもずっと近いところからかもしれない。
「ん?こーんなとこでなーにを、」
ピリリと首後ろが震えて。
「はぁ?ちょっ」
ぐらりと揺れた意識が、知っている気配に掬い上げられた気がした。
「ぁ」
「お、オレの所為ーー?!」
反射的に後退りかけた足から、からくり人形の糸が切れたように体が崩れ落ちた。
近づいてきた男が息を呑む音が聞こえたけれど、今度は地面の感触も分からないし、倒れていく自分の体すら知らないもののように感じる。
地面につくギリギリで、慌てた動作の割にはそっと優しく支えられた。
思考の片隅で意外だなんて場違いに思うけれど、そんな思考もふつりと途切れる。
抱え上げられる時の浮遊感に、こうして運ばれるのは今日だけでも何度目だろうかと思考を巡らせかけて。
いつかと同じように、答えに辿り着く前に闇へと沈んでいった。
お読みいただきありがとうございます。




