シーン9 お光の本当の名前
夕方。
由太は夕飯を作っていた。
お光は縁側に座っている。
いつもより静かだった。
「お光さん」
「何?」
「今日、元気ないね」
「……そうね」
由太は隣に座った。
「昔のこと、思い出してた?」
「うん」
「そっか」
しばらく沈黙。
お光が口を開いた。
「由太」
「何?」
「私、本当は小野寺光っていうの」
「うん」
「三枝藩の家老の娘だったの」
「うん」
「藩がなくなって、家族もいなくなって……静に助けてもらったの」
「うん」
お光は由太を見る。
「驚かないの?」
「ちょっと驚いた」
「それだけ?」
「うん」
「……どうして?」
由太は考えた。
「だってさ」
「うん」
「今のお光さんは、お光さんじゃん」
「……」
「昔、偉い人の娘だったとしても、今は俺の飯を三杯食べるお光さんでしょ」
お光は吹き出した。
「何よ、それ!」
「違う?」
「違わないけど!」
由太は笑った。
「それにさ」
「何?」
「静さんに拾われたんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ俺と同じだね」
お光は目を丸くした。
「同じ?」
「うん。俺も静さんに拾われた」
「……」
「俺たち、拾われ仲間だ」
お光はしばらく由太を見つめていた。
そして――。
笑った。
今までで一番、自然な笑顔だった。
「そうね」
「でしょ?」
「でも、私の方が先輩ね」
「え?」
「七年前から静に世話になってるもの」
「じゃあ先輩、皿洗いお願い」
「それは後輩の仕事!」
由太は笑った。
お光も笑った。
奥の部屋で、静が二人の声を聞いていた。




