シーン4 雨の夜の逃亡
京の町には冷たい雨が降っていた。
小野寺光は、古い旅籠の一室で震えていた。
父の行方は分からない。
母はすでに病で亡くなっている。
藩は消えた。
家臣たちは散り散りになった。
頼るべき片桐も、約束の時刻になっても現れない。
「……父上」
光は守り袋を握りしめた。
そのとき。
障子の向こうに人影が現れた。
「小野寺光殿ですね」
若い女の声だった。
「……どなたですか」
「神無月静と申します」
「片桐様は?」
「私が代わりに参りました」
「片桐様は、どうなさったのですか」
静は一瞬ためらった。
「……今は説明している時間がありません」
光の顔が強張った。
「まさか……」
「急いでください」
静は荷物をまとめるよう促した。
しかし、光は動けなかった。
「どこへ行けばいいのです」
「安全なところへ」
「安全なところとは、どこですか」
「それを探します」
「そんな……」
光の目から涙がこぼれた。
「私は、もう帰る家もないのです」
静は黙っていた。
「父もいない。
母もいない。
三枝の家もなくなった。
私はこれから、どうすれば……」
静は光の前に膝をついた。
「小野寺殿」
「……」
「泣くのは、後にしてください」
光が顔を上げる。
「今は生き延びることだけを考えて」
そのとき、階下から怒鳴り声がした。
「小野寺の娘はいるか!」
静の目が鋭くなった。
「……来ましたね」
光が震える。
「どうしましょう」
「私の後ろに」
静は立ち上がった。
「絶対に離れないでください」
旅籠の裏口。
二人が外へ出たところで、三人の男が現れた。
「待て」
静が足を止める。
「何か」
「その娘をこちらへ渡せ」
「人違いでは?」
「小野寺光だろう」
静は答えない。
男の一人が刀を抜いた。
「邪魔をするなら斬る」
静は静かに言った。
「それは困ります」
「なら退け」
「依頼を受けていますので」
「何?」
「この娘を無事に逃がす、と」
次の瞬間。
男が斬りかかった。
光は思わず目を閉じた。
金属のぶつかる音。
短い悲鳴。
目を開くと、一人の男が地面に倒れていた。
静の刀は、すでに二人目の喉元にあった。
「退いてください」
声は静かだった。
「私は、無用な殺しをしたくありません」
三人目が背後から斬り込む。
静は振り返らず、半歩横へ動いた。
刀が空を切る。
続いて、鞘の先が男の腹を打った。
男が膝をつく。
静は光の手を取った。
「走れますか」
「は、はい……!」
「では、走って」
二人は雨の中を駆け出した。




