シーン1 お光の忘れ物
「由太、そこの箪笥の上にある風呂敷を取ってくれない?」
昼下がり。
いつものように静の家に遊びに来ていたお光が、台所にいる由太に声をかけた。
「どれ?」
「赤い風呂敷。
昨日、置いていったの」
「ああ、これね」
由太は風呂敷を持ち上げた。
そのとき、結び目が緩んでいたのか、中から小さな袋が畳に落ちた。
「あ、ごめん」
拾い上げる。
古びた絹の守り袋だった。
表には見慣れない紋が刺繍されている。
「お光さん、これ何?」
「……!」
お光の顔色が変わった。
普段は何を言われても笑って返す彼女が、慌てて守り袋を取り上げた。
「勝手に見ないで」
「ご、ごめん」
由太は驚いて謝った。
お光も、自分の声が思いのほか強かったことに気づいたらしい。
「……ごめんね。大事なものだったから」
「うん」
由太はそれ以上聞かなかった。
ただ、一つだけ気になった。
守り袋を握りしめたお光の手が、かすかに震えていたのだ。
その日の夕方。
帰宅した静に、由太は何気なく尋ねた。
「静さん、お光さんって昔から京都にいるの?」
静の動きが止まった。
「なぜ聞く」
「いや、今日、変わったお守り持ってたから」
「……どんなものだ」
「古い袋。
花みたいな紋がついてた」
静はしばらく黙った。
「由太」
「何?」
「そのことは、お光に聞くな」
「……分かった」
静は少し意外そうに由太を見た。
「理由を聞かんのか」
「静さんがそう言うなら、何かあるんでしょ」
「……ああ」
「じゃあ聞かない」
由太は味噌汁の鍋をかき混ぜた。
「でも、お光さん、今日はあんまり食べなかったんだよね」
「そうか」
「明日は好きなもの作ってあげようかな」
静は小さく息を吐いた。
「……そうしてやれ」




