シーン11 何も起こらなかった日
(登場人物)
青井由太
江戸から京都へ流れ着き、静に拾われた青年。働くことは嫌いだが、料理・洗濯・掃除は得意。年上女性に可愛がられる才能と、本人に自覚のない情報収集能力を持つ。
神無月静
由太の「飼い主」。表向きは花街で生きる女性だが、裏では倒幕派に関係する女間者。剣の腕も立つ。
夜。
布団を敷く。
由太:
「静さん」
静:
「何だ」
由太:
「今日は何してたの?」
静:
「仕事だ」
由太:
「危ないこと?」
静:
「今日は何もなかった」
由太:
「そっか」
静:
「お前は?」
由太:
「朝飯作って」
静:
「ああ」
由太:
「洗濯して」
静:
「ああ」
由太:
「着物直して」
静:
「ああ」
由太:
「買い物して」
静:
「ああ」
由太:
「団子食べて」
静:
「余計だ」
由太:
「昼寝して」
静:
「ずいぶん寝ていたな」
由太:
「夕飯作った」
静:
「ああ」
由太は布団に入る。
由太:
「……何もなかったなあ」
静:
「いいことではないか」
由太:
「そう?」
静:
「何も起こらない日というのは、案外貴重なものだ」
由太:
「ふーん」
静:
「分かっていないな」
由太:
「うん」
静:
「まあいい」
しばらく静かになる。
由太:
「静さん」
静:
「今度は何だ」
由太:
「明日もいる?」
静:
「朝はな」
由太:
「じゃあ朝飯作る」
静:
「頼む」
由太:
「卵買っていい?」
静:
「ああ」
由太:
「団子も?」
静:
「駄目だ」
由太:
「けち」
静:
「寝ろ」
由太:
「おやすみ」
静:
「おやすみ」
灯りが消える。
その日。
桂小五郎は遅刻しなかった。
坂本龍馬は温泉へ行かなかった。
吉田稔麿の運命も変わらなかった。
新選組と出会うこともなく、
暗殺計画を潰すこともなく、
歴史上の大事件は何一つ起こらなかった。
青井由太は朝飯を作り、
洗濯をして、
大根を三文で買い、
一文の団子をつけで食べ、
昼寝をして、
静のために夕飯を作った。
ただ、それだけの一日だった。
歴史書には決して残らない一日。
けれど――。
由太にとっては、
英雄の命を救った日より、
歴史を変えた日より、
こんな日の方が、ずっと幸せだったのかもしれない。
明日の朝になれば、
また静に起こされる。
由太は飯を作る。
静は文句を言いながら食べる。
そして由太は小遣いをねだる。
そんな日が明日も続く。
由太:
「……静さん」
暗闇から返事。
静:
「何だ」
由太:
「やっぱり明日の団子代――」
静:
「寝ろ」
由太:
「はい」
外伝7、お読みいただきありがとうございます。
今後も、メインストーリーとは離れた、由太が引き起こすエピソードを書いていきます。
また、感想若しくは評価をいただけると光栄です。
よろしくお願いいたします




